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アパートから荷物が運び出されると、後の処理をヤスに任せ二人は一樹のマンションへ向かった。


今日一樹が乗っている車は高級ミニバンではなく黒色の国産ハイブリッドカーだった。

もちろんグレードは最上級で車内も高級感に溢れている。



(ヤクザの車はてっきり高級外車だと思っていたけど違うんだ)



そんな楓の心の内を見透かしたように一樹が言った。



「高級外車じゃないからがっかりしたか? まあ今の時代、ヤクザも燃費とか色々と気にするんだよ」



一樹が笑いながら言ったので思わず楓も釣られてクスッと笑う。



「笑った顔、初めて見たな」

「え? そうですか?」

「ああ。楓はもっと笑った方がいい」



一樹の何気ない一言にドキッとする。

低音の魅力的な声でそんな風に言われると、たちまち楓の心臓の音が大きくなる。



「俺がなんで楓を家に連れて行くかわかってるか?」

「今それを聞こうと思ってました。どうしてですか?」

「うん……まあ率直に言うと、お前を俺の女にする為だ」

「…………」



(ヤスさんの言っていた事と違う……やっぱり私は愛人にならなきゃいけないの?)



楓は動揺のあまり何も言い返せない。



「驚いたか?」

「は、はい……それはつまり…愛人…って事ですか?」



そこで一樹が声を出して笑った。



「ハハハハッ、愛人? 残念だが俺は独身だから愛人じゃあないな。それとも楓は愛人の方が良かったのか?」

「い、いえ……」

「まぁ楓はまだこの世界の事を何も知らないからそう考えるのは無理もないよな。でも残念ながら愛人じゃない。楓は俺の女になるんだよ」



(俺の女? 女って……愛人と何が違うの?)



更に戸惑う楓を見て一樹はこう言った。



「なんだか随分動揺しているみたいだけど大丈夫か? 一つ聞くけど楓は今付き合ってる男はいないんだよな?」

「い、いません……」

「だったら問題ないだろう? 素直に俺の女になれ」

「『女』……っていうのは……つまりその……どういった感じなのか教えていただけると……」



楓の質問を聞き一樹はプハッと噴き出した。



「悪い、俺の言い方がまずかったか? 裏社会での『女』っていうのはなぁ、恋人・婚約者・いいなずけ……あとは何だ? とにかくいずれ結婚する間柄の事を差すんだよ」

「けっ、けっこんっ?」



楓はびっくりして声が裏返ってしまう。



「なんだ? そんなに驚く事か?」

「だ、だって……」

「簡単な事だろう? 楓はただうんと言えばいいんだ」

「そ、そうはいきません」

「なぜ?」

「そ、それは……」

「俺が怖いか?」

「怖いとか……そういう問題じゃなくて……」

「じゃあなんだ? はっきり言ってみろ」

「私……そういうのあまり好きじゃないっていうか……」

「そういうのって何だ?」

「男の人と付き合うとか結婚するとか……とにかくそういう気持ちにはなれないんです」

「どうして?」

「そういう事に全く関心がないですし、出来ればもう男の人とは関わらずに生きていけたらと……」



楓の説明を聞き一樹は考え込む。



(そう思うのも仕方ねぇよなぁ……)



そこで一樹は穏やかに言った。



「楓がそんな気持ちになるのはわかるよ。なんたって実の兄にAV業界に売られて酷い目にあったんだからな。おまけに金までむしり取られたら男性不信にもなるよなぁ」

「はい……それに私……」



そこで楓は言い淀む。



「ん? 何だ? 思っている事があるなら全部言ってみろ」

「私……多分怖いんです……男の人が……」



楓の口から出た言葉に一樹の胸がズキンと痛む。



(そこまでいっちまったか……可哀想に……)



そこで一樹の声のトーンがいきなり優しくなった。



「俺は惚れた女には超甘々だし怖がらせる事なんてしないぜ?」



その瞬間楓は耳を疑う。



(え? 今なんて? たしか「惚れた女」って言ったような……?)



しかし楓は聞き返す勇気がなかった。



「それに俺は楓を決して裏切ったりはしない。自分の女の事は一生守り抜く自信もある」



一樹の口からは次々と甘い言葉が飛び出してくるが、楓は信じる事が出来なかった。

なぜなら楓が思っているヤクザは、平気で嘘をついて人を騙すイメージしかなかったからだ。



「口先ではなんとでも言えるし男の人は平気で嘘をつく生き物ですから。それに私は社長の事を何も知りません」

「口先だけじゃないっていうのは一緒にいればわかってくるさ。それに俺の事はこれから少しずつ知っていけばいい」



一樹の声のトーンは更に甘く更に優しく、楓の全身を一瞬にしてとろけさせるような威力があった。

全身の力が抜けた楓が運転席にいる一樹をチラリと盗み見ると、そこにはハンサムで端正な顔立ちの一樹の横顔がある。


その瞬間、楓は急に一樹に対する興味が湧いてくるのを感じていた。



「まあ一緒に暮らしていくうちに楓は必ず俺のものになるさ。でも安心しろ。楓がその気になるまで俺は一切手は出さないから」

「本当ですか?」

「ああ、約束するよ」



それを聞いてほんの少し気が楽になる。

今すぐどうこうされる訳ではないなら、この先いくらでも逃げ出すチャンスはあるだろう。

それに一樹の方が楓に愛想をつかす事だってあるかもしれない。


急に気が大きくなった楓は気になっていた事を聞いた。



「もちろんお部屋は別々ですよね?」

「楓のプライベートルームは用意するよ。でもベッドは一緒だ」

「…………」



予想外の答えに楓はがっかりする。



「ハハハ、そんなにがっかりする事はないだろう? 悪いが俺は女が出来たらいつも一緒に寝たいタイプなんだよ」

「でも手を出さないって言ったのに?」

「心配するな、その約束はちゃんと守るよ。一緒に寝るって言ってもただ添い寝するだけだ」

「本当に?」

「ああ、約束する」

「…………」



楓はまだ不安だったがそれ以上反論はしなかった。



楓は今の生活を変えたい……ずっとそう思っていた。

両親が亡くなって以降、兄に奴隷のように扱われてきた楓はずっと兄と縁を切りたいと思っていた。

それが漸く叶うのだ。



ある日颯爽と現れた裏社会の男・東条一樹。



一樹はあっという間に楓を絶望の淵から救ってくれた。

だから楓はこの男に賭けてみようと思った。



(ここから私の人生が変わるかもしれない……)



楓はほんの少しだけ光が差してきた自分の未来に思いを馳せながら、窓の外をじっと見つめた。

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