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八尋がまだ、【それ】から身を隠してる間のこと。
セージがロキと別れ、西の正門へと向かう途中。陽菜子は、突然目覚めた。
「……あ、れ?」
「……! ヒナコ様! よかった、お目覚めになられたのですね……!!」
走るセージに背負われているため、力の入らない手足がゆらゆらと揺れる。
陽菜子自身、まだ意識がはっきりとしないのか……。虚ろな目をして、揺れに身を任せる。
「……わた、し……なに、して、た……?」
少しずつ、こぼすように言葉を発し、己の状況を理解しようとする。
「覚えていらっしゃいますか? 道化師のような方から黒い剣に刺されて、それからずっと意識が戻られなかったのです。ヤヒロさんも、大変心配されてました」
「ヤ、ヒロ……」
「そうです。ヤヒロさんです。貴方の兄上様です。今はヤヒロさんの立案した作戦中で、僕たちとは別行動されてますが」
ふわふわとした頭の中に、兄の名が出てくる。
セージから事情や作戦の説明を聞きながら、ゆっくりと今までの出来事を順番に思い出していく。
ロキに魔法を習っている時、突然魔獣が現れた。逃げる途中で母子を見つけて、一時はロキを残して逃げた。が、ロキを放ってはおけずに戻り、色々とやっているうちに兄と合流。説教を受ける覚悟を決めていたら、突然変な格好の人物が現れ、黒い剣を突き刺され……そして――――――。
そこまで思い出し、ようやくはっきりとした陽菜子の意識は、すぐさま怒りへと変換する。
セージの背の中で、小刻みに震える。
「あの剣……刺された時、結構痛かったんだよ……」
「えっ、と……ヒ、ヒナコ……様?」
手足に力が戻る。陽菜子はセージの肩をこれでもかと強く掴むと、ギリギリと奥歯を噛み締める。
「あの、ヒナコ様! 落ち着い……」
不穏な気配を察したのか……。セージが慌てて諭そうと試みるが、時すでに遅し。
陽菜子の怒りは今、頂点に達した――――――!!
西の正門が、目の前に迫る。陽菜子はキッと睨みつけると、腹の底から声を張り上げ、その名を叫ぶように呼ぶ。
そう叫ぶと、陽菜子の右手首に着いていたミサンガが一瞬光る。光が発せられてから、約数十秒……。地響きにも似た音が、土煙を上げながら、門の向こうから徐々に近づいてくる。
そして――――――。
それに応えるように、木の姿をした化け物が、雄叫びを上げながら走ってきた。
「えっ!? キ、キミー様!?」
驚くセージを他所に、キミーは『バチバチ!』と、結界が弾こうとする音と抵抗にも耐え、門を潜り抜けて街に入る。陽菜子は、目の前に来たキミーに向かって叫ぶ。
「キミー! この近くでキミーが一番、痛くない場所まで案内して!!」
『ガウッ!』
そう応えて頷いたキミーは、陽菜子とセージを掴んでは自分の枝に乗せ、門の周辺を走り出す。
そして少し走った場所で立ち止まると、二人を降ろす。
『ガウッ! ガウガウガウ!』
まるで「ココだ!」と言わんばかりに、二人に枝を伸ばして指し示す。
その先には何かがくり抜かれたかの様に、拳一つ分くらいの穴が、ぽっかりとあいていた。
「分かった! ココだね、キミー!?」
『ガウッ!』
「ありがとうキミー! セージさん!!」
「は、はい!」
陽菜子はゴソゴソとセージの背から降りると、キミーの枝を掴む。
「キミーが『ココだ』って、教えてくれた! だからあとは、よろしくお願いします!」
「え……あ、はい! お任せ下さい!!」
勢いで頷いてしまった。が、セージはキミーの枝に座って立ち去ろうとする陽菜子に、慌てて問いかける。
「ヒナコ様はどうされるのですか!?」
「ヒロくんのところに行く!」
予想外の答えに、セージの反応が遅れる。だがすぐに我に返ると「えぇ!?」と、驚いたような顔をする。
「ダメです! 危険です! あそこにはまだ魔獣や、先程の道化師のような方だって……」
「大丈夫! キミーがいるから!」
セージの言葉を遮り、陽菜子はキミーに掴まって走り出そうとする。
しかし、陽菜子を八尋に託されたセージとしては、すんなりと受け入れることは出来なかった。
「絶対にダメです! 僕はヒナコ様を、ヤヒロさんから託されました! それに……!」
「ゴメン、セージさん。心配してくれるのは、すごくありがたいよ」
陽菜子は目を伏せると、小さく拳を握る。
「それにね、セージさん……。神崎家の家訓は、『やられたら、倍以上にしてやり返す』なの。私はそれを、守らなくてはならない。神崎家の一員として……」
「ヒナコ様……」
覚悟を決めたように、陽菜子が背を向ける。
そんな陽菜子の背を見たセージは、内心で「神崎家の家訓というものは、それほどまでに重要なことなのか……」と悟る。陽菜子はその小さな体には、抱えきれないほどの重荷を背負っているのだと。そう、セージは捉えた。
セージは考え込むように少しの間、無言になる。だが、陽菜子の決意を無下には出来ないとばかりに、一度力強く頷く。
「……分かりました。どうかお気をつけて! ……ですが、無理はしないでくださいね?」
「ありがとう、セージさん! じゃあ、行ってくるよ!」
そう言って陽菜子は、キミーに掴まって走り去っていく。その姿を見送りながら、セージは両手を合わせて祈るように両目を閉じる。
「どうかヒナコ様に、加護がありますように……」
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目の前に突然、先程まで眠ってたはずの妹が現れ、俺とロキは驚愕する。
俺は恐る恐る、確認するように妹へ問い掛けた。
「お前……、陽菜子、だよな?」
「そーだよ!」
「本当に、ヒナ……何だよな?」
「当たり前だよ!」
「幽霊じゃ、ねーよな?」
「まだちゃんと、足生えてるよ!」
「げんか……」
「くどい!!」
質問がしつこ過ぎたために、怒られてしまった。
「神崎家の第二子にして、誇り高き長女! 超絶美少女、ヒナちゃん! 只今、復活したでやんす!!」
そう言って、腰に手を当てて、顔の前でピースサインを作り、決めポーズをする。
この全てを残念にし、自称していく感じ。確かに、これは間違いなくウチの妹のようだ。
「お前のどこが誇り高いんだよ。この引きこもりめ」
「何をおっしゃいますか、兄上様よ! 兄様のピンチを、颯爽と助けた妹に対して! 失礼ですぞ!?」
「はいはい、雑草とね、雑草」
「酷い!!」
この茶番劇すら、俺にとっては最高のサプライズだ。
「小娘が……、しぶと……」
「今は、兄妹の感動の再会中だよ。ちょっと黙ってて」
そう言って妹は、キミーを使って道化師を殴らせる。
「ボフッ……!」
キミーの一撃によって、道化師は地面にめり込む。
そして妹は、何かを思い出したように……閃いたように手を『ポン!』っと叩くと、俺に向けて手のひらを向ける。
「あ、タイム。やっぱり、この変な人優先で。ヒロくん、ちょっと待ってて」
妹は、俺に『Tの字』を作って向ける。それは紛れもなく、『タイム』という意味のポーズだ。
「いや、待つも何も。最初からそんな……」
俺の言葉を遮り、妹は腹から野太い声で叫ぶ。それは紛いなりにも俺の妹……14歳の、年頃の少女が出すような声ではない。
「えっ、僕!?」
予想外の言葉に、ロキが驚きながら俺を見る。俺は「もう、好きにやらしてやれ」という意味を込めて、肩をすくめる。
そんな俺たちを置いて、妹はさらにキミーを使って道化師を殴りつける。
「グフッ!」
つい心の中で「おい、俺はついでかよ!」と、ツッコンでしまった。それでも、「オラオラオラァ!」と言いながら、妹とキミーの勢いは止まらない。
よく聞けば、「取らせてもらうぞ! ハワードと、ダリルの仇!」などと叫んでいる。おい、どさくさ紛れに関係ないヤツ混じってるぞ。それは違うやつのセリフだ。
そして連続パンチを繰り広げた末に、妹は腰を落として、肘を90度曲げる。
最後は理不尽な理由と共に、キミーは妹の動きと連動して、道化師の顎を目掛けて、見事なアッパーカットを食らわせた。