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「……事実…………です」
圭は、掠れた声色で、苦し紛れに言葉を絞り出した。
彼の言葉に、武の眉尻がピクリと上がる。
「…………そうか」
やけに冷静を装う父親が、圭には、却って不気味に感じてしまう。
「先ほど、怜も呼び出し、圭の婚約破棄について聞いてみたが…………お前、かなり前から、二股を掛けていた女性と、関係を持っていたそうだな」
武の声音がワントーン低くなった気がした圭は、動揺しながら表情が凍りつく。
(怜のヤツ……言ってた事が…………全然違うだろっ……『いつまで課長職を続けるつもりだ?』なんて抜かしやがって…………ふざけんなっ……!)
言葉を失わせたまま、胸中で、弟に毒づく圭。
「お前…………ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツの副社長という立場を利用して…………調子に乗り過ぎだぞ?」
武は、変わらず沈黙を守っている息子へ冷酷に言い放つと、圭は、反動するかのように、勢い良く顔を上げた。
「お前も今年、三十五になるし、俺も、息子のプライベートに首を突っ込む気はないが……。昨年の創業五十周年パーティで、大々的に婚約発表をしたにもかかわらず、婚約破棄となったのなら、黙っているわけにもいかない」
父は、ソファーから立ち上がると、デスクの後ろにある窓の横に立ち、ブラインドを指先で下げ、抜けるような青空に視線を辿らせる。
再び、社長室を包み始めたピリピリとした空気に、圭は父親の背中を見やった。
「圭」
武が振り返り、彼を見据えてくる。
表情を殺したような父が何を考えているのか、彼は、読み取れずにいた。
ソファーから立ち上がり、父の方に身体を向ける圭。
やがて、口を固く閉ざしていた武が、唇をうっすらと開いたかと思えば、唇を引き結び、数度、この仕草を繰り返している。
言い淀んでいた父が、腹を決めたのか、圭に真剣な眼差しを送った。
「…………しばらくの間…………旅に出てこい。私からは以上だ」
威厳という名の仮面を被った父は、社長として彼に言い下す。
圭は武の言っている事が理解できないまま、深々と一礼すると、落ち着きを払いながら社長室を出ていった。