第14話:朗読される基本法
国立広場に、数万人の国民が集まっていた。
君が代はすでに存在せず、代わりに舞台中央に立つのは、伝統衣装に身を包んだ天皇だった。
白髪の混じった髪を整え、細い背筋を保ちながら、彼は壇上の書を開いた。
読み上げるのは「大和国基本法」――Zと「はごろも党」によって書かれた、新しいルールだった。
「……国民の皆さまが望んだ“安心ある暮らし”を叶えるため、本基本法は施行される」
掠れた声がスピーカーから流れた瞬間、画面には切り替えられた朗らかな合成音声と字幕が重なった。
【月刊蜜 第36号:国民が求めた新たな法】
【天皇、国民の総意を読み上げる】
会場の拍手は嵐のように広がり、人々は「代表が私たちの声を代弁している」と涙ぐんだ。
控室に戻った天皇は、椅子に腰掛けたまま手元の小さな冊子を閉じた。
そこには「月刊蜜」のロゴと、赤く大きな文字で“国民の総意”と刷られた特集記事が並んでいた。
しかし彼自身は、それが本当に国民の声なのか確かめる術を持たない。
外のスクリーンには編集された彼の笑顔が映り、ニュースサイトには「天皇も賛同」と見出しが踊る。
護衛とカメラに囲まれた彼は、静かに口を結ぶしかなかった。
その夜。
「こんばんは〜、“はごろもまごころ”だよ!」
配信に映るまひろはランドセルを抱え、無垢な声で呟いた。
「ねぇミウおねえちゃん……天皇さんが“国民の声だよ”って読んでたけど、ほんとにみんなが言ったことなのかな」
ミウはふんわり笑い、耳元のリボンのイヤリングを軽く揺らした。
「え〜♡ だって“月刊蜜”に書いてあるんだもん。国民の声は、みんなでまとめれば本当になるんだよ」
コメント欄は「そうだよね」「安心できる」「ありがたい」で埋まり、疑問はやわらかな同意の中に溶かされていった。
暗い部屋でモニターを見ていた**Z(ゼイド)**は、低く笑った。
「真実はいらない。“総意”と書かれれば、それが法になる。
国歌が消えても、朗読される法があれば、国家は完成する」
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