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その翌日、恋愛企画の寸劇は中庭から小さな宴会場へ場所を移した。雨予報が外れて蒸し暑く、客たちの笑い声も少しだるい。ラウールは司会台で何度も原稿をめくり、ベジラは今日こそ主役らしく見せようと気合いの入った笑顔を作っていた。
ディアビレの出番は、主役を困らせる館内係だ。舞台の袖で深呼吸し、いつもより冷たい声を用意する。
「そんな甘い台詞で、誰でも落ちると思わないことね」
それなりに棘は立った。客席も少しざわつく。今度こそ嫌われ役らしく見えたかもしれない。
ところが、最前列で見ていた小さな男の子が、隣の祖母に向かってはっきり言った。
「でもあのお姉ちゃん、ほんとはいい人だよね」
場が一瞬止まる。
ラウールが「えっ」と小さく漏らし、ベジラが笑顔のまま固まった。子どもはまったく気づかない顔で続ける。
「この前、転びそうになった子、助けてたもん」
客席のあちこちで忍び笑いが起きる。ディアビレは台本を持ったまま立ち尽くした。悪役の仮面が、たった一言で、するりとはがれた気がしたからだ。
どうにか寸劇を終えたあと、舞台袖へ戻るとラウールが腹を押さえて笑っている。
「だめだ、子ども相手には設定が弱い」
「笑いごとじゃないです」
「いや、むしろ最高だよ。客席の空気、あれで一気に和んだ」
そこへ、さっきの男の子が祖母に手を引かれてやって来た。ディアビレの前に立つと、小さな包みを差し出す。中には、会場でもらったらしい砂糖菓子がひとつ。
「お姉ちゃん、これあげる。ハッピーをもらったから」
不意打ちみたいな言葉だった。ディアビレはしゃがみ込み、包みを両手で受け取る。
「ありがとう」
子どもが満足そうに頷いて去っていく。その後ろ姿を見送りながら、ジナウタスが隣へ来た。
「悪役、大敗だな」
「ええ、完敗です」
「でも、その負け方は嫌いじゃない」
包みの中の小さな砂糖菓子が、妙に重く感じられた。
#海辺の町