テラーノベル
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衣装室には、布の色だけで季節が何枚も積まれていた。海を思わせる青、貝殻みたいな白、夕焼けを薄めたような桃色。フレアはその真ん中で、獲物を見つけた猫みたいな目をしていた。
「立って」
挨拶より先にそう言われ、ディアビレは戸口で固まる。
「嫌です」
「似合うものがある人は、だいたい最初そう言う」
返事になっていない。フレアは勝手にメジャーを取り出し、肩幅、袖丈、腰の位置をてきぱき測っていく。ディアビレが身を引くたび、「もったいない」「その線は隠す方が罪」と物騒な感想が飛んだ。
「私、舞踏会に出る予定なんてありません」
「予定は作るものよ」
フレアは棚の奥から、古いレースをそっと取り出した。黄ばみを丁寧に落としたらしい繊細な模様で、見覚えがある。ディアビレの息が止まる。
「それ……」
「ルナ・マグの引き出しにしまってあった。お母さんのじゃない?」
たしかに、母が大事にしていたレースに似ていた。触れるのが怖いほど柔らかい。
フレアは別の箱から、落ち着いた色の布も引っぱり出す。
「このレースを生かすなら、土台は騒がない方がいい。派手じゃなくていいの。あなたの場合、目立つのは輪郭だから」
そんな言い方をされると反論しづらい。鏡の前へ立たされるうち、ディアビレは少しずつ黙ってしまった。
その時、開け放した扉の向こうをジナウタスが通りかかった。フレアは逃さない。
「ちょうどいい。見て、これ絶対に映える」
ジナウタスは足を止め、メジャーを肩にかけられたままのディアビレを見た。ほんの一瞬、言葉を失ったように見える。
「……そうだな」
たったそれだけなのに、フレアは勝ち誇った顔をした。
「ほらね」
ディアビレは急に落ち着かなくなり、レースから視線をそらした。舞踏会に出る予定はない。ないはずなのに、胸の奥で何かが小さく鳴った。
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