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第3話 数字の魔術師
配信
「こんばんは、“はごろもまごころ”だよ!」
画面に登場したまひろは、今日は水色のポロシャツに半ズボン姿。首には子ども用の小さなデジタル時計をつけている。髪は相変わらずのぱっつん、無邪気な笑顔にランドセルの赤いベルトがちらりと映り込む。
隣のミウは、ピンクのブラウスにフレアスカート、薄いベージュのカーディガンを羽織り、ゆるやかにカールしたロングヘアを揺らしていた。足元にはリボン付きのスリッポン。にこにこと柔らかい笑みを浮かべている。
まひろは画面に身を乗り出すようにして、無邪気に言った。
「ねぇミウおねえちゃん。この前知ったんだけど、ある人気ユーチューバーさん、急にフォロワーがすっごく増えたんだって!」
コメント欄がざわつく。「知ってる!」「最近伸びすぎだと思った」と反応が並ぶ。
「すごいよね。でも……僕、ちょっと不思議だなぁ。だって、どうしてそんなに一気に増えるのかな?」
疑惑の芽生え
ミウが口元に手を添えて、ふわりと笑った。
「え〜♡ すごい成長ってうれしいことだけどぉ。……でも、もし裏で“ちょっとズル”してたらどうする?♡」
「えっ……ズル?」
「例えばさ、フォロワーを買うとかぁ、再生回数を水増しするとか。……ううん、ほんとのことはわからないよ? でも考えてみたら、そういうこともあるのかもね♡」
まひろは小首をかしげて、ランドセルの紐をぎゅっと握る。
「僕はただ、みんなに“ほんとに応援できる人かどうか”考えてほしいなって思うんだ」
コメント欄は二分された。「応援してるからそんなわけない!」という声と、「たしかに不自然だった」という書き込み。疑念の種が撒かれた瞬間だった。
レイNews記事化
翌朝、ニュースサイト「レイNews」には連続で記事が投下された。
本文はあくまで冷静なニュース調。
「一部の視聴者が指摘している」「SNS上で囁かれている」など主語は曖昧。だが、同じ情報を別角度で5回出すことで「怪しい」という印象は定着していった。
群衆の暴走
午後にはSNSで「#数字の魔術師」がトレンド入り。
「絶対フォロワー買ってる」
「再生数が伸びるわけない」
「案件企業は説明すべきだ」
拡散は加速し、まとめサイトやテレビの情報番組も「ネットで話題」と取り上げる。
広告主は慎重になり、予定していたタイアップ動画は次々キャンセルされた。
ユーチューバー本人は「事実ではない」と否定する配信を行った。
しかし、その映像はまた切り取られ、レイNewsに記事が追加された。
「必死の弁明、逆に疑念を深める結果に」
クライマックス
数日後。
「数字の魔術師」と呼ばれたそのユーチューバーは、案件のほとんどを失い、チャンネル更新も途絶えた。ファンは分断され、かつての勢いは見る影もなくなった。
結末
夜。
「はごろもまごころ」の画面に再びまひろとミウが登場する。
まひろはポロシャツの裾をつまみながら、無垢な瞳で言った。
「僕、ただ“どうしてそんなに増えるんだろう”って思っただけなのに……」
ミウはふんわり笑って頷いた。
「え〜♡ でも、みんなで考えた結果だもんね。正しい応援の仕方って大事だよねぇ♡」
コメント欄は「気づかせてくれてありがとう」で溢れる。
その裏で、ミウのPC画面には翌日の記事下書きがすでに並んでいた。
グラフ、数字、証言、切り抜き——。
自然な文章で、ひとりの人生を壊す準備が整っている。
子どもの疑問とお姉ちゃんの笑顔、その裏で“数字”は誰かの未来を削り取っていた。
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