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桟橋は、海に向かって一本の道のように伸びていた。板の隙間から見える海面が、夕日を受けて金色に揺れている。
潮風が少し強くなり、髪を頬に貼りつけた。
翔太と並んで歩く音が、木の板を小さくきしませる。
「ここ、やっぱ気持ちいいな」
そう言う翔太の横顔は、夕日と海風に照らされて、いつもより少し大人びて見えた。
その横顔を見ながら、胸の中で何かがせり上がってくる。
——今、言わなきゃ。
もう二度と、この時間は戻らないかもしれない。
私はポケットの中の封筒をそっと取り出した。
汗で少し湿った紙の感触が、やけに生々しい。
これを渡せば、私の気持ちは形になる。
でも同時に、終わってしまうのかもしれない。
「翔太、あの——」
その瞬間、突風が吹き抜けた。
手の中の封筒が、ふっと浮くようにして指先から離れる。
白い紙が空中でひらひらと舞い、桟橋の端を越えて海へ落ちていった。
「あっ……!」
反射的に身を乗り出す私を、翔太が腕を掴んで止めた。
「危ないって!」
波間に沈んでいく封筒が、夕日の反射で一瞬だけ光った。
やがて、海の色に溶けて見えなくなる。
翔太は何も聞かなかった。
私は何も言わなかった。
ただ、潮風が頬を冷やし、胸の奥は灼けるように熱かった。