休憩室の前に行くと、華子はいきなりドアを開けた。
すると中では陸がノートパソコンを広げて仕事をしていた。
「おい、開ける時はノックが基本だぞ」
「はーい」
華子は口を尖らせて言うと、コーヒーを陸の前に置く。
「おっ、早速入れたのか?」
「うん」
華子は少し自慢気な顔で陸の前に座る。
そして初めて自分で入れたカフェラテを一口飲んだ。
「おいしーい」
「コーヒーもなかなか美味いな」
陸が美味しいと言ったので、途端に華子の気分が良くなる。
褒められるとやっぱり嬉しい。
「立ちっぱなしで疲れたんじゃないか?」
「立ち仕事は今までにも経験があるから大丈夫よ。でも足が太くなりそうで嫌だわ」
「そういえば、ジムには本当に行く気があるのか?」
「あるある! 痩せるって決めたんだから!」
「そっか。じゃあ明日辺り連れて行くかな。明日の夜は空けておけ!」
「夜行くの?」
「早朝がいいか?」
「早朝なんて無理! 夜でいいわ!」
華子はすました顔で言うと、また美味しそうにラテを飲んだ。
(まったく、相変わらず気まぐれ子猫だな…)
陸はそう思いながら目を細めて華子を見る。
そしてまたコーヒーを一口飲んだ。
「俺は昼前にはここを出るから、五時までしっかり頑張れよ!」
「うん、分かった。陸は帰りは遅いの?」
「ああ、今夜は会食を兼ねた打ち合わせがあるんだ」
「打ち合わせ? 飲食店のお仕事で?」
「いや、不動産の方だよ」
「ふーん。色々手広くやってるんだ」
「まあな」
陸はそう答えると、またパソコンに集中し始める。
一方華子は手持無沙汰になった。
あまりにも暇なのでそれとなく陸を観察する。
午前中の陸のモテっぷりを思い出した華子は、
陸がどうして人気があるのかを突き止めたくなる。
こざっぱりとした短髪の黒髪
焼けた肌
強い目力のある瞳
筋肉質の身体
あっさり系のイケメン
落ち着いた低い声
しなやかな身のこなし
ざっと並べてみるとこんなところだろうか。
でも年齢は若くはない。
44歳という年齢は華子から見たら充分オヤジだ。
まあ、陸は歳の割には若く見える方かもしれないが。
その時華子は、銀座のクラブの常連客の顔を思い返す。
あの店に来る客は、ちょうど陸くらいの年齢層が多かったからだ。
クラブに来る客は、いつも高級なスーツを身に纏い高級靴店の上質な靴を履き、
むせるような強い香りのオーデコロンをつけ、
ゴルフの腕前や、新しく購入した外車の話を自慢気に語る。
持ち物は全て高級ブランドで、金やプラチナのジュエリーや高級時計をこれみよがしに着けている。
どの男も個性はなく皆似たようなタイプばかりだった。
そして彼らに共通しているのは、既婚者なのに愛人がいるという事だった。
彼らは、浮気は文化だとでも思っているようでその行為に悪びれた様子はない。
当時の華子はそんな男達に媚びを売って収入を得る事に、
次第に虚しさを感じるようになっていた。
そして、クラブを辞めた。
華子の父親は、幼い頃に母と華子を捨てて家を出て行った。
だから華子は父親の愛情を全く知らずに育った。
父親が家を出て行った後、母は次々と色々な男性と交際を始めた。
母は常に誰かと恋をしていないと、駄目になってしまう女だった。
母親の機嫌がいい時は、恋愛が上手くいっている証拠。
そして機嫌が悪い時は、恋愛が上手くいっていない証拠。
華子はいつもそんな母の気分に振り回されていた。
母を見ていて知ったのは、男というものは必ずしも女を幸せにする生き物ではないという事だった。
結婚したからと言って、必ずしも幸せになれるとは限らない。
だから華子は、幼い頃から恋愛には全く期待を持っていなかった。
どんなに愛し合っても男は必ず浮気をする。
手を握り愛を誓い合っても、男はあっさりと女を裏切るのだ。
だったら最初から期待なんてしなければいい。
男は稼ぎが良ければいいのだ。
女は稼げる男の元で妻という安定した座につき、そこそこの幸せを手にすればいいのだ。
金は女を裏切らない。
金さえあれば、まあまあ幸せくらいには生きられる。
華子はずっとそう思って生きてきた。
だから、きっと目の前のこの男も浮気をする生き物なのだ。
いや、あれだけモテているのだから、もしかしたらもう既に浮気は経験済みかもしれない。
そして今までに何人もの恋人を裏切ってきたに違いない。
華子は少し冷めた目で陸を見つめる。
その時、陸が顔を上げて言った。
「ごちそうさま。初めて入れたコーヒーにしては美味かったぞ」
「そ、そう? それなら良かったわ!」
そして華子も慌ててカフェラテを飲み干した。
時計を見ると、そろそろ十分経つ。
「じゃあそろそろ戻るわ」
「頑張れよ」
「うん」
華子は頷くと、トレーを手にしてフロアへ戻った。
コメント
3件
複雑な家庭環境で育ったからなのか本当の恋って知らないのね、だから題名に初恋が入ってるのかな?どんな恋でしょうね💗
複雑な家庭環境で育ったが故に 本当の恋愛を知らず 、ただ地位や金のある ハイスペックな男性との結婚だけに拘ってきた華子さん.... 陸さんの恋愛はどうだったのだろう❓️ マッチョなイケメンでお金もあるし 面倒見が良く、モテモテだけれど....🤔
華子は子供の頃から両親の姿を見て今の恋愛の価値観があるのね。確かに身近な人間に当てはめたくなるのは当然だけど,知り合ったばかりの陸さんはどうなのかな⁉️そこは華子自身の目でゆっくりしっかりと見定めていくことが必要👀‼️