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夕方の教室。蛍光灯の明かりがやけに白く感じる時間帯だった。
日下部はいつものように、相談室の机に肘をつきながら、
目の前の生徒の言葉を静かに聞いていた。
「……最近、笑ってるのに疲れるんです」
生徒はうつむいたまま、かすれた声で言った。
「“平気”って言うのが癖になってて、
誰かに“どうしたの?”って聞かれても、
“なんでもない”って返すのが、当たり前になってて」
「……で、本当は?」
日下部がゆっくり問いかけると、
生徒は少しだけ唇を噛んだ。
「本当は、平気じゃないです。
でも、言っても変わらない気がして。
迷惑かけたくないって思ううちに、
いつのまにか、泣くのも下手になりました」
しばらく沈黙が落ちる。
時計の針の音だけが、部屋に響いた。
「……強いね」
日下部はぽつりとつぶやいた。
生徒が驚いたように顔を上げる。
「“平気なふり”って、誰でもできることじゃない。
その裏で、ずっと自分を守ってきた証拠だよ。
でも――守り方を変えてもいい頃かもしれない」
「守り方、ですか?」
「うん。
“何も言わないこと”で守るより、
“誰かに少し話してみる”ことで守れることもある。
笑えないときは、無理に笑わなくていいし、
泣けないなら、黙っててもいい。
ただ、“平気じゃない”って言葉だけは、
どこかで口にしていいと思う」
生徒は俯いたまま、指先をぎゅっと握る。
「……言っても、ちゃんと聞いてくれる人っているんでしょうか」
「いるよ。
それが今日の、俺かもしれない」
日下部はそう言って、ほんの少しだけ笑った。
「“平気なふり”をやめてもいい時間が、
人にはちゃんと来る。
それを見つけるまで、焦らなくていい」
生徒の肩が、わずかに震えた。
涙か、ため息か、日下部は聞かない。
ただ、そっと視線を外して、
窓の外で沈みかける光を見つめていた。