テラーノベル
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練習室はいつもより静かだった。
昴の姿がない。外部の仕事で忙しく、今日は来られないという。
翔はピアノの前に座り、鍵盤に手を置く。
だが、指先は滑らかに動かず、音は荒れ、揺れていた。
強く叩くたび、無言の苛立ちが空気に刺さる。
――昴がいないと、どうしても音がまとまらない。
夜が深まるにつれ、練習室は冷たい空気に包まれる。
翔は何度も譜面を見直し、指先を震わせながら旋律を追う。
だが、どこか心が空回りしている。
昴の存在が、この部屋には不可欠だったことを、痛いほど思い知らされる。
昴は自宅で、スマートフォンの通知を見ながら胸を締め付けられていた。
――翔、一人で大丈夫だろうか。
外部の仕事が必要なことは理解している。だが、目の前で荒れるピアノを想像すると、胸が苦しくなる。
罪悪感と焦燥が、静かな夜を重くする。
練習室では、翔の指先が鍵盤を叩く音が孤独に響く。
荒々しい強弱、微妙に崩れたテンポ……普段の繊細な響きとは違う。
誰もいない空間に、自分の存在の痕跡を刻むかのように、音が暴れる。
電話をかけるか迷った昴は、結局そっと手を止める。
――行っても、余計に邪魔になるかもしれない。
それでも胸の奥では、翔の荒れた音が頭から離れず、焦りと苛立ちを覚えていた。
練習が終わる頃、翔は椅子に沈み込み、肩を小さく震わせた。
無言で、ただ息を整える。
指先に残る音の痕跡が、荒れた夜の証のように残る。
昴は帰宅後、譜面を開き、指先で軽く音をなぞる。
だが、どこか空虚で、胸にぽっかり穴が開いたような感覚が残る。
――俺のせいで、翔を一人にしてしまった。
罪悪感が、甘く危うい依存の輪をさらに締め付ける。
夜が更け、街灯の光だけが窓から差し込む。
二人だけの世界は、わずかに揺らいだまま、静かに夜を越えていく。
荒れた旋律の余韻が、二人の心に甘く重く残る。
――明日は必ず、二人で取り戻す。
昴は小さく決意を胸に、無音の夜に沈む自室で、ただ息を整えた。
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