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大きなステージの照明が煌々と灯る。
翔は観客の視線を浴びながら、ピアノの前に座った。
譜面は完璧に揃えられているはずだった。だが、指先が震える。
――昴が、いない。
最初の和音を鳴らす直前、胸の奥で何かが引っかかる。
指は動くが、音が重ならない。焦りが指先を支配する。
そして――
「……っ!」
翔は演奏を突如止め、肩を震わせた。
会場に静寂が落ち、観客のざわめきが耳に刺さる。
息を荒くし、翔は小さく呟いた。
「……昴がいないから」
その声は、低く、震えていた。
無愛想な表情の裏に、深い孤独と不安が滲む。
音楽を心から奏でるためには、昴の存在が不可欠なのだと、誰よりも自分で知っていた。
舞台袖で観ていた昴は、胸が締め付けられるのを感じた。
――俺のせいだ……
外部の依頼を受けたせいで、翔を一人にしてしまった。
責任と罪悪感が、言葉にならずに胸を押し潰す。
公演後、昴は深く息を吸い込み、レーベルに電話をかけた。
「……申し訳ありません。今回の作曲依頼は辞退させてください」
声は震え、言葉の端には責任感と焦燥が混ざる。
外部の仕事も、ステージも、すべては翔との二人の世界が優先だった。
電話を切ると、昴は譜面を抱きしめるように胸に押し付けた。
手がわずかに震える。
――翔の手の震えを止められなかったのは、俺のせいだ。
その夜、練習室で翔は一人、ピアノに向かう。
指先はまだ震え、音は不安定だ。
だが、昴が来るとわかっているだけで、少しだけ呼吸が落ち着く。
――二人でなければ、音は鳴らせない。
翔の目に、淡く涙が光る。
昴もまた、自宅で譜面を抱きしめ、涙をこらえた。
二人の心の距離は、近くも遠くもない。
ただ、互いの存在があって初めて、音は世界に響くのだ。
無言の夜、鍵盤の上で残る微かな震えが、二人の絆の証のように思えた。
――音のない時間も、依存も、焦燥も、すべては二人だけの旋律の一部だ。