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第9話:再定義される“好き”
週明けの朝。
校内の掲示板には新しい通知が貼り出されていた。
「恋レアカード《再定義》の使用に関する注意事項」
使用に失敗した場合でも、アプリに感情ログが記録されます。
※失敗履歴の開示は友達同士で共有可能です。
天野ミオは、それを見た瞬間に全身が冷えた。
「……見られるの? 私の……」
制服のポケットにしまったままのスマホが、急に重く感じられる。
前髪の奥で揺れる視線が、掲示板から逃げようとしたとき──
「見ないよ。俺は」
後ろから聞こえたその声に、ミオは立ち止まった。
大山トキヤ。
今日はめずらしくネクタイをしているが、シャツの袖は相変わらず雑にまくっている。
「使ったカード、失敗した履歴、それって……誰かに見せるためのものじゃないだろ」
トキヤはスマホを取り出すと、画面をオフにしてから言った。
「“好き”って、誰かに見せて評価されるもんじゃなくてさ。
誰かに伝えることで、初めて意味が出るんじゃね?」
その言葉に、ミオは思わず尋ねていた。
「じゃあ、トキヤくんは……誰かを“好き”になったこと、あるの?」
彼は少し黙ってから、小さく頷いた。
「あるよ。……でも、言えなかった。
恋レアが流行る前。だから俺には、何も“証拠”が残ってない」
ミオは息を呑んだ。
この社会では、“好き”は証明できる感情になった。
使用したカード、反応、成功率、演出ログ──
すべてが恋の“履歴”として残される。
でもトキヤには、なにも残らなかった。
だから彼は、カードに頼ることを選ばなかった。
ミオはゆっくりと、手の中のカードを見つめた。
《一目惚れの再定義》──いまはただの紙切れにしか見えない。
「……カードに、意味があるんじゃなくて。
カードを使って、“自分が何を感じたか”に意味があるのかも」
そうつぶやいたとき、スマホの通知が届いた。
「あなたの《再定義》ログが、“共感エピソード”に選ばれました」
#失敗しても本気だった証拠 #それでも好きだった
ミオは、ゆっくり画面を閉じた。
「証明はいらない。……でも、気持ちは消えないね」
その言葉に、トキヤは静かに頷いた。