広い部屋の中に一人きりになった。
周囲を見るも時計っぽいものは無く、時間がわからない。あったとして私に読めるのかは不明だが、『無い』という事実が残念だ。
(いったい今は何時くらいなんだろうか。どのくらい寝ていたんだろう?)
ここに強制召喚されたのが、昨日の事なのか今日の事なのか、それとももっと前の話なのか。それすらわからない。随分長い事彼の話を聞いていた気がするし、お腹も空いた。此処に来てから一度も食事をとっていないのだが、どうしたらいいんだろうか。
わからない事と困った事を少しづつ解消する為、まず私はベッドから降りる事にした。夜着姿のままだが、ぱっと見着替えが何処にも見当たらないので今は諦めるとしよう。
ベッドのすぐ側に布製のルームシューズが置いてあり、サイズが小さい事から私の為に用意された物だろうと勝手に受け止め、それを履く。履いた瞬間、先程の首輪の時の様にルームシューズはシュッと私の足にピッタリのサイズになった。
「すごい!」
ここにも魔法が。便利だね、うん。感心しか出来ない。採寸しないで作っても、魔法でサイズ調節が出来るなら針子さんの方々なんかやりたい放題だろう。
まずは許される範囲で探索して、おおまかにでも時間と状況を更に理解しようと思い周囲を見渡す。
窓から見える空は太陽の位置が高く、綺麗な青色だ。なので昼間である事はわかった。ベランダが見えて、その奥には花の溢れた綺麗な庭園が広がっていてグルっと高い外壁がこの場所を守る様に囲んである。外壁の奥は森ばかりで、見る限り街がある気配は無いから、此処はきっと郊外に位置しているのだろう。
今度は部屋の中に目をやった。この部屋の内装はさっき少し確認したし、ドアの奥を見てみようと開けてみる事にした。ドアの数は合計三つ。一部屋にあるにしては、多過ぎる。
そのうちの一つから二人が退出した事から、きっとあのドアは廊下につながっているのだろう。
次のドアを開けると、装飾が極端に少ない部屋があった。テーブルにソファー、サイドボードと工作用かと思われる大きな大きな机と椅子があるだけで、非常に殺風景だ。
(此処がカイルの私室なのかな?)
人の部屋を勝手にジロジロ見るのも失礼かと思い、中に入る事無く私はドアを閉めた。
先程の部屋の対面に位置する最後のドアを開けると、今度は一転して華やかな雰囲気の部屋があった。先程と同じく、置いてある家具の数は少ないのだが、装飾が多い。上質な壁紙に多くの絵画、花も多く飾られていて良い香りがする。家具や壁の装飾は細工が細かく、明らかに高級品ばかりだ。
部屋の隅には何故か大きなキャットタワーと沢山の小さなオモチャ。形状から『お猫様』が使っていた品だと、即わかった。
この部屋にもまたドアが多い。それらを開けてみると、廊下へ出る為のドア、洗面所などの水場一式が詰まった空間、開かないドアと今開けているドアの合計四つだと確認出来た。
開かないドアの存在が気になり、ベランダに出る。
横に長いベランダは今まで見てきた部屋の全てから出られる様につながっており、開かずの部屋のある方も確認出来そうだった。
そっと窓から中を覗くと、運良くカーテンが開いていて室内が見えた。どうやらこの部屋は寝室の様だ。ベッドはシングルサイズっぽくて、ここもまた装飾が綺麗で女性らしい雰囲気がある。空気を入れ替える為なのか、扉の開かれたクローゼットも少し見えて、ズラッと服がかけられていた。
室内をもっとよく見てみたくて窓を開けようとしたが、開かない。こちらもまた鍵がかかっている。
“鍵のかかる寝室”。 まるで『此処で私を寝かせる気は無い』と暗に言われているような気がした。
仕方なく私は先程の部屋へと戻り、窓を閉めた。 ソファーにでも一旦座って休もうかと思ったが、存在感のすごいキャットタワーが気になり、考えを変えてそれを見に行く事にした。
横に立ってみると、立派なキャットタワーは自分と同じくらいの高さがあり、ペットショップなどで見かけた事のある物の記憶と比べてもかなり大きい。爪研ぎや猫じゃらしの他にも、紐で吊るされたボールまで付いている。そこかしこに噛み跡や引っ掻いた跡が多く残っており、持ち主だったお猫様はどうやら随分やんちゃな子だったみたいだ。
それが『自分だった』と言われているが、もちろん実感は湧かない。
小さな籠も側にあり、中には柔らかそうなクッションが入っている。簡易ベッドみたいなそれに対してだけは妙な親近感を抱いた。まるで『触ってみて』と、懇願されている気さえする。
吸い込まれるように籠の側に行き、その場にしゃがむ。そぉと恐る恐る、猫のベッドみたいな物に手を伸ばしてクッションの上に手を置いた瞬間、急に視界が真っ白になった——
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