壱花は老婆とキッズルームに行き、カラオケに行き、スポーツルームを眺め、本などもあるショップに行った。
ある意味、旅を満喫している。
いや、眺めているだけなんだが……。
展望レストランに行ったとき、倫太郎が追いついた。
「まだ、あのあやかし、ウロウロしてんのか」
「そうなんですよ。
一体、なにが目的なのか」
老婆はお玉を手に肉うどんを食べている家族連れのお父さんの横に立っている。
「……ああしてると、おかわりをよそおうとしている食堂のおばちゃんみたいですよね」
「なあ、壱花。
メダルゲームをしながら、ふと考えたんだが。
俺たち、そのうち、ここから飛ぶよな?」
倫太郎が渋い顔で言ってくる。
「俺が寝た場所に戻ってくるはずなんだが……。
この船って、ずっと移動してるよな」
そ、そういえば……。
「まあ、船内に戻るとは思うんだが。
夜間移動する場所に寝るのは初めてなんで」
と倫太郎は眉をひそめる。
「……社長が寝たとき船がいた場所に戻る可能性があるということですね?」
真っ暗な夜の海で溺れている自分と、そんな自分を眺めながら、立ち泳ぎをしている倫太郎が頭に浮かんだ。
いや、助けてください、社長……と泳げない壱花は妄想の倫太郎に思う。
「そうでなくとも、移動してるから。
あやかし駄菓子屋が、よし、こいつを船に戻そう、と思ったときと、実際に戻ったときとでは、位置がずれているかもしれん」
他の人の寝室にいきなり俺が現れたらどうする、と倫太郎は言うが。
「その場合、確実に、私と冨樫さんもいっしょに現れますよね……」
っていうか、我々は、あやかし駄菓子屋の意思により、連れていかれたり、戻らされたりしていたのですか。
オーナーの呪いじゃないんですか?
そう壱花が思ったとき、倫太郎がおのれの顎に手をやり、小首をかしげて呟いた。
「まあ、考えすぎだとは思うが」
「でも、まあ、気にはなりますよね。
そういえば、移動している船でそうなるのなら、きっと豪華寝台列車でもそうなりますよね」
壱花は列車が去ってしまったあとの、寒風吹きすさぶ線路に戻され、凍えて寝ている自分と倫太郎を想像した。
寒いというより、危ない……。
「乗る予定があるのか? 豪華寝台列車」
いや、ありませんけどね……と思う壱花に、
「やめておけ。
お前が乗ると、必ず事件が起きるから」
とまた言われる。
「っていうか、船でもすでに起きてるしな」
「世界を巡る豪華客船じゃなくて、普通のフェリーなのに起きちゃってますね。
っていうか、これ、私がいなくても、起きてますからね」
と壱花が老婆を見たとき、一万円のイルカを抱えた冨樫が現れた。
……結局、一万円突っ込んだそうだ。
倫太郎が、冨樫の腕の中の黒い瞳でふかふかしたイルカを見ながら言う。
「お玉持ったあやかしがウロウロするより、こっちの方が余程大事件だな」
と。
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