新は、大学でもほとんど喋らない男だった。無表情で、授業が終わればすぐに帰る。サークルにも入らず、誰かとつるむこともない。そんな彼の隣に、なぜかいつもいるのが洋介だ。おしゃべりで、うるさくて、笑い声が絶えない。
「なあ新、今日さ、教授のネクタイ派手すぎて目チカチカしたんだけど」
「……そう」
返事は一言だけ。けれど洋介は怯まずに畳みかける。
「ていうかさ、次のレポートどうする?俺もうやる気なくてさ~」
「……図書館で調べれば」
「うわっ!ちゃんと答えてくれた!珍しい!」
そのたびに洋介は勝手に喜んで、新は小さく溜め息をつく。
だが、周囲の学生たちは「なんで新があんなおしゃべり男と一緒にいるんだ」と不思議がる。本人たちにも理由は説明できない。
ただ、新は心の奥で気づいていた。洋介の声が、自分の沈黙を埋めてくれるから――それが心地よかったのだ。
ある夜。
二人は洋介の下宿で課題を片付けていた。集中していたはずが、気づけば洋介は机に突っ伏し、眠そうに笑った。
「新ってさ、ほんと無口だよな。俺ばっか喋ってる。でもさ……」
洋介は少し目を伏せ、声を低める。
「俺、なんか安心すんだよ。お前の隣」
その言葉に、新は不意に心臓が跳ねた。
気づけば、洋介の頬に触れていた。驚いた顔がこちらを見上げる。
「……安心するのは、俺もだ」
その一言が、部屋の空気を変えた。
唇が重なったのは、ほとんど自然な流れだった。洋介の口元からこぼれる声が、やけに熱を帯びる。
「……っん、は……新……」
ふざけてごまかすいつもの調子じゃない。震える息が混じって、耳に直接落ちてくる。
新は押し殺していた衝動に火をつけられ、さらに深く口づけた。
ベッドに倒れ込むと、洋介が顔を赤らめながら笑う。
「……お前、思ったより強引じゃん」
「……うるさい」
照れ隠しのように新は乱暴に抱き寄せる。そのまま胸に顔を埋めれば、洋介の鼓動が早鐘のように響いてきた。
シャツのボタンを外す指が震えていたのは、新の方だった。無言で首筋に唇を押しあてると、洋介が抑えきれず声を漏らす。
「……っあ、く……ん……っ」
その声が、新をさらに熱くさせた。
普段は沈黙の彼が、今は欲望を隠せず、洋介の体温に縋る。洋介もまた、喋る余裕を失い、ただ名前を呼んで応える。
「……新……っ」
「……洋介……」
互いの音が重なり合い、夜は静かに、しかし確かに深まっていった。
――翌朝。
「なあ新」
洋介はシーツの中で、まだ眠そうに笑う。
「昨日の、お前の声……めっちゃ反則だった」
新は一瞬黙り、やがて耳まで赤くしながら答えた。
「……お前のせいだ」
その素直じゃない一言に、洋介はまた嬉しそうに笑うのだった。
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