第11話:さかさまの羽
天球西域の外縁、浮遊域ギリギリにある街《レミナ・フローレ》。
そこでは“気流が上下逆転する”特殊な空間現象が定期的に起こる。
その地域は古来より《天の沈み窓》と呼ばれ、誰も近づこうとしない。
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少年の名はカリ・ニオ。
14歳、明るい赤灰色の短髪に、右頬には斜めの浮力計測刻印がある。
生まれつき浮力値が極端に低く、風圧が強まるとすぐ地面に近づいてしまう“低浮級”の子だった。
彼が着ているのは、旧《ソラー社》製の片翼補助装置“オルヴァ”。
もとは風の上昇流に乗る補助装置だが、彼の場合は逆に“沈む補助”として調整されている。
天球では「浮けない子」は“空の祈りを失った者”とされ、
星祭にも参加を許されず、月儀式でも泡の読み取り資格がない。
カリは街の外れにある“重力遺構”でひとり遊んでいた。
そこは旧地球の「空力研究施設」跡地。
壁には「←」「DOWN」「SHIFT」などの記号が刻まれており、
今では“逆風封じ”のお守りとして祀られている。
ある日、彼はその施設の地下で、“さかさまの翼”を見つける。
羽根は左右非対称。
本来の飛行とは逆向きに設計されており、
天球の基準では**「飛べない構造」**とされていた。
だがカリはそれを背負った。
そして、落ちてみることを決めた。
《天の沈み窓》の上空で滑空装置を展開。
風が反転し、羽根が下向きに膨らんだ。
その瞬間、彼は逆さに浮かんだ。
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「沈む」という力を使って、空中で“落ちずに保つ”飛び方。
それは天球のどの飛行理論にも載っていなかった。
だが彼は、風に逆らって自由になっていた。
空中に設置された記録装置が泡を吹く。
その泡が捕らえたのは、逆さに飛ぶ少年の姿だった。
泡は、ネフリオ社の観測網を通じて拡散された。
一部では「重力反応症状」として否定され、
一部では「新たな信仰の芽生え」として崇められた。
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夜、月神殿ではこの現象を“重心揺らぎ”と記録。
月官が言う。
「星は浮かぶが、 名前が届かないなら、意味はない。 けれど彼は、名もなく風に逆らった。」
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翌日、カリの浮力指数は“マイナス”を記録した。
だが誰も、彼の姿を捕らえられなかった。
彼は今もどこかで、上へ落ち、下へ飛んでいる。
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