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13 - 第12話:雲の記憶図書館

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2025年06月01日

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第12話:雲の記憶図書館




天球中央域の中空層には、“触れると記憶が読める雲”が存在する。

正式名称は《雲膜反響層》、通称**「記憶雲」**。

古くは“泡水が過去を集めた空の図書館”として、伝承の中にだけ語られていた。



この記憶雲の調査に派遣されたのが、雲解析士補《ミレ・クレル》。

17歳、白金色の長髪は左右に分かれて風をよく受け、

瞳は雲光を反射する曇。

彼女の作業服は《フロートル社》開発の“感応泡織布”──

感情によって素材が変色し、読んだ記憶の種類によって袖が膨らむ設計。





ミレは浮力平均よりやや高く、階層都市《クラレーン》でもっとも風に乗る速度が速い人物のひとり。

「風の子」と称される彼女は、自身の記録にも誇りを持っていた。



記憶雲の接触には特別な装置《ソラー社製:メモリアルミラー機構》が必要。

これは雲の粒子に含まれた泡情報を“共鳴音”として可視化するもので、

映像ではなく感覚そのものとして再現される。


初回接触でミレが触れた雲は、**“海に立つ感覚”**を返してきた。



泡に触れると、水の中にいるような冷気が全身を包み、

“溶ける”前の記憶が流れ込んでくる。


それは、ミレが生まれる前の世界。

彼女ではない誰かの、名前すらない想いだった。


「……わたしは、誰?」




戻ってきたとき、彼女は自分の泡記録が一部、空白になっていることに気づいた。





フロートル本部は即時に接触を中止。

雲記憶は「安全域を超えると現在の自己を浸食する」と判断された。


月水官は言う。


「記録は、星に残すもの。 雲は“溶けきらなかった言葉”。 読む者は、それと混ざってしまう。」





ミレは、それでももう一度雲に触れた。


「私の記憶は私だけのもの、じゃなかったのかもしれない。」




雲の中で、誰かの名が聞こえた。


それは、《地球語のような響き》だった。


「Ctrl」「Alt」「M」……記号のような、祈りのような名。



ミレは、記録を取らなかった。

かわりに泡をひとつ残した。


「名前は、きっと風に残る。」




その泡は風に乗って昇り、雲へと消えた。


それが誰の記憶だったのか、

彼女が誰だったのか──


泡も記録も答えは返さない。

ただ、彼女の浮力がほんの少しだけ減っていた。





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