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「っ………」

少し重い瞼を、私は開ける。

肌寒い風が頬をなぞった。郷愁を感じさせる秋の香りが鼻腔に漂う。

ゆっくりと私は布団の上から起き上がった。

まだぼやける視界を元に戻す為、目を擦りながら辺りを見渡す。

静かだった。

まるで誰も居ないかのように。

「────中、也……?」

フラリと今にも倒れそうな足取りで、私は立ち上がる。

壁に手を付きながら歩き始めた。

探しているのだ。

「中也?」

寝室から顔を出して、台所を覗く。

此処にも居なかった。

そして私を妙な心境に追い込んだ。家の中が静か過ぎた所為である。

厭な予感と、変な汗が私の頬を伝った。

私は彼方此方見渡す。

然し中也の姿が見えない事に、私の顔は引きつり、歪んでいった。

「中也……っ」

少し足を早めて、家中探す。



居ない。



居ない。居ない。



居ない。居ない。居ない。








何故………居ない──────────?


































「はっ……は………はっ………」

呼吸が少し浅くなる。

刹那、玄関の方からパンッと云う布を張るような音が聞こえた。

「……中也、?」

少し声を震わせて、私はその名を呼ぶ。

一度呼吸を整え、居る事を願うように固く瞼を閉じた後、私は玄関の扉を開けた。





──────サアァァ……


横から吹き付けた秋風が、髪をあおる。

物干し竿に布団が掛かっていた。再びパンっと布を張るような音が響く。

視界の奥で、赭色の髪が揺れた。

「っ………」

思わず声をもらす。

そして。

「中也…」

其の言葉に、中也が此方を向いた。

「……………太宰…?」

私の名を呟いて、中也は目を丸くする。

秋風が物干し竿に掛かる布をあおり、バサバサと音を立てた。

「____…ッ!」

刹那にして、中也は今にも泣き出しそうな子供のような表情をする。

その事に私が目を見張った瞬間────。



「太宰っ!!」



中也が走って、私に抱き着いた。

躰が揺れる。目を見開いた。

「ぇ、ちょっ……中也、?」

少し慌てた声で、私は中也の名を呼ぶ。

然し、まるで離さないと云わんばかりに、中也は私が着ている着物を固く握りしめた。

「…ッゔ…………うぁ………よ…かった……」

私は目を見開いているだけだった。

頭が追いつかなかった。

「も、う……っ……目が…覚めな、いの……ッ…………かっ…て……思、てた……」

嗚咽交じりの声で中也は泣く。

目が覚めない。

私は、どれ程眠っていたのだろう。

中也に、こんな淋しい思いをさせてしまった。

瞳の奥から何かが込み上げてきた。視界がぼやけ、違和感を感じる。

「っ………」

ソレを飲み込み、私は中也を抱きしめた。

中也は、温かかった。

抱きしめても、泣いていた。

「ご免ね………中也…ッ」






























──────酷く震える声で、私は謝った。
















































































***

聞いた所、私は5年間眠り続けていたらしい。

躰の中で妖力を蓄える為だろう。

中也の身長が少し伸びており、既に十七歳だった。

それに私は、『中也、私と出会った時、十二歳だったの?』と聞くと、『そうだが?』と答えられた。

初め、中也の身長の低さ的に十歳程度だと、何となく私は思ってしまっていたのだ。

然し、私は其の事を云わない。

若し云った場合、中也が怒る事が目に見えているからだ。



















「太宰、もう躰の具合は大丈夫なのか?」

縁側の上に座る私に、中也が横から聞いてきた。

「平気だよ」

小綺麗な形に切られた桃を、爪楊枝で刺して食べながら私は云う。

「それにしても姐さんが来てくれたのは意外だったなぁ」

先刻、私は中也から姐さんが此処に来た事を聞いた。

若し姐さんが来てくれなかったら、私は本当に死んでいたかもしれない。

後日顔を出しに行こう……。

「おう、姐さんが太宰の事助けてくれたンだ」

目を輝かせながら中也は云う。私は微笑しながら中也の頭を撫でた。

「それじゃあ、中也。私一寸散歩してくるから、お留守番宜しくね」

空になった皿の上に爪楊枝を起き、立ち上がって私は云う。

「気を付けろよ」

縁側から、中也が声を張って私に云った。

私は足を止めて後ろに振り返り、苦笑しながら、

「気を付けろって……山を散歩するだけだよ」

口元に手を当てて中也に云う。

それでもだ!と中也は再び声を張った。

今回の件で、色々心配させてしまったらしい。

私は中也に手を振って、歩き出した。


































































***

「……太宰が帰って来るまで、夕餉の準備しとくか…」

そう呟いて、俺は立ち上がる。


──────ドクン


「は、?」

鈍い鼓動が体中に響き渡った。全身の力が抜ける。

視界がぐにゃりと混濁した所為で醉いかけ、めまいが襲いかかった。

「っ……」

視界が黒に侵食されていく。感覚がなくなっていった。

な……ンだ、これ…ッ。

倒れそうな躰を地面に手をついて堪え、頭を圧える。

まるで透明になったかのように、畳が消えていく、そして枝が映り込んだ。

カアァ……ア゙ァ゙…!

鴉(カラス)の鳴き声が、脳に響き渡る。視界が完全に変わった。

視界の隅が黒いモヤのようなモノが纏わり付いていて、人間の視界ではないように感じる。

刹那、視界が揺れる。

まるで飛び降りているように空気を裂き、黒い毛先のようなものが下の方から見えた。

真逆……っ。

『おや?』

知った声が耳に響く。

太宰だった。

“オレ”は、太宰の肩に乗る。

『君は確か中也の鴉だね、名前は確か────』
























曉。























っ…!

俺は、曉と感覚が共有されていた。

こンな事有り得ンのか………若しかして名前を付けた事に影響が……。

刹那、視界が揺れる。

オレは太宰の肩に乗ったまま移動していた。

『此処もだね』

そう云って、眼の前の桃の木に太宰は触れる。

──────ポゥ

仄かな光が木全体に宿った。

アレ、妖力か……?

太宰はふぅ、と息を吐く。

『矢張り妖力の減少の影響が山にまで出てる……』

呟くように太宰は云って腕を組んだ。はぁ…と溜め息を付き、空を仰ぐ。

『このままじゃあ桜桃の力が消えてしまう……私も、同じように………』

如何云う事だ…?

太宰も消える?

『如何にかして妖力を……』

顔をしかめながら、太宰は云った。何処か遠くを見る。

『矢張り、“彼”が云った通り────』

彼……ッ

俺は太宰の言葉に耳を済ました。


































────人間を喰らうしか方法が無いのだろうか?




































「………………………は?」

思わず声をこぼした。

ブツリと映像が途切れ、感覚が元に戻る。

「ぅわ!」俺は畳の上に倒れた。「ッ…痛……」

腕を立てて躰を起こす。

痛みを忘れて、俺は先刻の太宰の言葉が脳に響き渡った。





『人間を喰うしか方法が無い』





アレは…………如何云う意味だ…?

何でそんな事──────────っ!!

俺はある事を思い出した。

姐さんが来てくれた時も、太宰の躰に妖力を流し込んでいた。そして太宰も先刻、妖力が必要と云う発言をしていた。

若しかして妖怪は、人間を喰らう事で妖力が得られるのか……?

判らねェ…

でも、若しそうなら……。

「……っ」

太宰は、妖力が必要なんだ。

姐さん達のあの云い方からして、妖力がないと多分また病に罹る。また、眠っちまう……。

今度はもう、目が覚めるか判らない。



俺は如何したら──────











十年に一度。


妖狐様の力を蓄える為に、生贄を捧げる。










「っ…!」

俺は目を見開いた。

あぁ、そうか。其の通りじゃねェか……。

何の為に生贄(俺)が居るンだよ。全部、この時の為じゃねェか…。

この方法なら、桃の力も戻って村の皆も幸せに暮らせる。弟も………母さんも………。

そして太宰も……。

ずっと元気に居られる……。














──────十年に一度。




















此れなら





















──────妖狐様の力を蓄える為に、生贄を捧げる。
























この方法なら





































──────そうする事で、妖狐様は我等に再び幸と富を与えてくれるのだ。






































此れで……ッ
















































『『『『『『────今回はお前だ』』』』』』























































みんな、シアワセだ。





































































































***

「……なァ、太宰…………」

夜。縁側から満月を見ていると、中也が声をかけてきた。

何処か声が震えている。

「如何かしたのかい?」私は中也に近付いて聞いた。「あぁ、もう寝るのだね。済まない、月が綺麗で見惚れていたのだよ」

軽い言い訳を云って、私は中也の手を引いて布団の方へと歩く。

「…ッ、ぁ………違ェ…!」

中也はやや落ち着きがない声で云うと、私の手を引っ張った。

私は布団のシーツの上で足を止める。

中也の予想外の行動に、私は目を丸くした。

「………………っ」

繋いでいた手が解ける。

沈黙が生じた。

「中也………如何したの…?」

そう聞くと、中也は少し躰を揺らす。

意気込むように唇を固く閉ざし、中也は自分の帯を取り始めた。

目を見開く。

「は、ぇ………ちょ、中也!?何してるんだい!?」

私は少し慌てながら、帯を取る中也の手を止めようと近付いた。

「今は秋なのだよ!?いくら何でも風邪引いてしま────」



「太宰」



静かに、そして何処か含みのある声で、中也が私の名を呼ぶ。

私は手の動きを止めて、

「……何だい、?」

と聞いた。

中也の躰が何故か震えている。そして深く息を吐いた。

私は首を傾げる。

刹那、私の手を引っ張り、中也は自分の事を指すように胸元に手を寄せながら云った。





















『太宰!──────俺を喰ってくれっ!』























「──────は?」

思わず声がもれる。

一瞬、何を云っているのか判らなかった。

「く……え?………如何云う事…?」

変な汗が頬をなぞる。

先程までの笑顔が小さくなっていった。

「其のまンまだ……」中也が私の手を握る。「俺を喰ってくれ…」

恐怖染みた、けれども何処か嬉しそうに笑う不器用な笑顔を中也はしていた。

「いや……だから何で…」

私は口先から声をこぼす。

中也は真剣な表情で云った。

「妖力を得るには………人間を喰うしかねェンだろ…?」

「っ!」

数時間前の記憶が、鮮明に脳に溢れ出る。

中也が云っている事は全て事実であった。

妖力を得るのに人間を喰う方法しか、私は知らないのだ。

妖力を使う事があまり無かったから。

「そ……れは…………」

声がもれる。

視線を落とした。

「若し姐さんの到着が遅かったら太宰はもう二度と目を覚まさなかったかも知れねェ……」

中也が云おうとしてるのは、何となく判った。

私の妖力が元に戻れば、桜桃も力を取り戻す。私が床に伏せる危険性も無くなる。

「此の状況が続けば、また太宰は病に罹る!」

だがソレが何だ?

ソレだけの為に中也は命を捨てると…?

「だから──────」

其の言葉はが、耳奥に響き渡った。

何か………糸が切れるような音が体中に響き渡る。

「……だから?」

腸が、酷く熱かった。

全てを超える一線の手前まで来ている。感情を抑え込めなくなったのは久しぶりだった。

「だからって何?君の命はそんなに軽いモノなの?」

私は顔をしかめながら、中也に問う。声が低くなった。

驚いたのか、中也の躰がビクリと動く。

「………だ…だって、そうしねェと太宰が…!」

中也はそう云ってイイワケをした。

意味が判らない。

何故私の為に君が死ぬ?死のうとする?

「其れに、俺は太宰の生贄だから……ッ」

あぁ……そうか。

全部私が悪かったんだ……。

きっと、何時か君は私の所為で自ら命を切り捨てるだろう。

私の所為で、君が──────────。





























「っ……!」

唇を噛みしめる。


──────ドサッ!


私は中也を布団の上に押し倒した。

「…え、ぁ……太宰…?」

目を丸くしながら中也が私の名を呼ぶ。

一つ私は息を吐いた。

そして

「そうだね、ではそうしよう」

私はそう云って、中也の子供らしい細い腕を掴む。

「……………ぇ…」

中也の表情に恐怖が混じった。

「ふふっ…」

私は目を細めて、小さく笑みをこぼす。顔が火照るような感覚がした。


──────私の所為で君が死ぬのならば。


なぞるように中也の手首をなめる。

「ッ……!」

ビクリと中也の手が動いた。私は離さないように中也の手をしっかりと掴む。

完全な恐怖に包まれた中也の顔が視界に入った。


──────────私は、君を。


私は中也の頬に触れる。

私が少しでも触れるだけで、中也は恐怖染みた声をもらした。

中也の透明な瞳に、手負いの獲物を見るような飢えた獣の姿が映った。

静かに笑みを浮かべる。

「君がソレを望むなら─────」





























































月光に照らされる中也の白い肌に、私は鋭い歯を立てた。






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