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風宮 むぅまろ🦇🍀︎ 🍬🍚
#海辺の町
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翌朝の控室で、ベジラは珍しく一人で椅子に座っていた。鏡の前に置かれた台本には、赤い印がいくつもついている。いつもならセルマか衣装係を呼びつけるのに、その日はディアビレを見つけるなり、小さく手を上げた。
「ちょっと、こっち来て」
警戒しながら近づくと、ベジラは台本を差し出した。
「この台詞、言いにくいの。なんか全部、甘ったるくて」
「それを私に?」
「……あんた、こういうの直すの得意でしょ」
悔しさを隠しきれていない声だった。けれど、嘘ではないらしい。ディアビレは紙を受け取り、黙って数行読み返す。
「言葉が長すぎるのよ。相手に届く前に、自分に酔ってる」
「言い方」
「直していいなら直します」
ベジラはふくれたまま頷いた。ディアビレは鉛筆で余分な飾りを削り、二つの言葉を一つにまとめ、最後にたった一行だけ書き換える。
《あなたがいると、この景色まで好きになる》
ベジラがそれを声に出すと、さっきまでよりずっと自然だった。鏡の中の顔まで少し変わる。
「……あ」
自分でも響きの違いが分かったらしい。ディアビレは台本を返した。
「相手を見て言えば、もっと良くなる」
ちょうどその場へセルマが入ってきた。ベジラの口から新しい台詞が出る。たしかに前より生きていた。だが伯母の顔はすぐに曇る。
「誰が直したの」
ベジラは言い淀み、ディアビレが答える前に、セルマは彼女を睨んだ。
「二度と余計な才能を見せるな」
控室の空気が冷たくなる。ベジラは何か言い返したそうにしたが、結局口を閉じた。
ディアビレは紙くずを拾うふりで視線を落とした。褒められるとは思っていない。それでも、使った言葉まで咎められると、胸の奥がじわりと痛む。
廊下に出たところで、待っていたようにジナウタスが立っていた。
「顔が、惜しくないくらい怒ってる」
その一言で、ディアビレは少しだけ救われた。