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ティアの母メリエムとユザーナの出会いは、ティアとグレンシスとほぼ同じ。
深手を負ったユザーナの傷を、メリエムが移し身の術で癒したのが始まりだった。
メリエムが15歳。
ユザーナが23歳。
奇しくも、ティアとグレンシスが出会った年齢と同じでもあった。
当時、敵国同士の二人が出会ったのは、ユザーナは知略を生かして軍を指揮する傍ら、単身で敵国に潜入して戦況を探る役割も兼任していたからだ。
この任務は、とても危険が伴う。細心の注意を払っていたユザーナでも、何度目かの潜入の際に、敵兵に気付かれ深手を負ってしまった。
そして国境近くのケヤキの木の下で力尽きようとしたその時、救援物資を運ぶ手伝いに駆り出されていたメリエムが、ユザーナを見付けてしまったのだ。
今でこそユザーナは神経質で気難しい壮年男性だが、若い頃はそこそこイケメンで、メリエムはイケメンにはめっぽう弱かった。
クール顔が特に好みだったメリエムは、あっという間にユザーナに魅了された。
苦痛に歪むユザーナの顔を見て、義務感ではなく強い自分の意思で、メリエムは迷うことなくユザーナを救った。
ただこの時、メリエムはユザーナが敵兵であることまでは知らなかった。
ユザーナがどちらの兵士かもわからないほど薄汚れた格好をしていたのも原因の一つだ。
のちに、敵兵の命を救ったメリエムは、反逆者として斬首刑に処されることが決まってしまった。
けれど、メリエムの首は落とされることはなかった。
密かに同じ一族の協力と、ユザーナの手により助け出され、オルドレイ国から逃亡したのだ。
ちなみに25年前の戦争は、移し身の術を使う一族が明暗を分けた事実がある。
戦時中、ウィリスタリア国は資源が豊かなこともあり、歩兵戦術が主な戦力だった。
対してオルドレイ国は資源に乏しくとも、それを補うさまざまな技術を持っていた。大型弩砲や投石兵器といったものを主に使用し、兵力の少なさを補っていた。
けれどここで、移し身の術を使う一族は、兵士の治療を放棄するという暴動を起こした。正確に言えば、兵士に戦場に戻せない程度の治療しかしなかったのだ。
同じ一族の人間を極刑にしたことへの反発と、これまで何度も術を使い、戦場へ戻される兵士の心が荒み、死んでいく様を見ていられなかったのが理由だ。
術を使う力が尽きた。これを言い訳にして、兵士を人間のまま、故郷に戻してあげたかった。
少ない兵力が更に減少してしまえば、どんなに優れた破壊兵器を持っていたとしても、使いようがない。あっという間に、戦況は悪化した。
もともと防戦一方にまで追い詰められていたオルドレイ国は、とうとう国内にまで敵兵の侵入を許すことになり、ウィリスタリア国に敗れた。
結果として移し身の術が戦況を左右させたといえるが、もうオルドレイ国には戦う力など、どこにもなかったのが事実だ。
移し身の術は無尽蔵に使える訳ではない。術を使う人間の気力、体力を根こそぎ奪う。移し身の術を使う一族は、ある者は戦火に巻き込まれ、またある者は力尽き、命を落した。
一方、15歳でウィリスタリア国に逃亡したメリエムは、終戦を迎えるとユザーナの屋敷で暮らし始めた。
数年が経ち、美しい女性に成長したメリエムに対し、ユザーナは庇護者の域を超えた想いを抱き、メリエムもユザーナの想いに応え、二人は深い愛で結ばれた。
だがその後、既に正式な婚約者になったメリエムだが、ユザーナの元から去った。
元敵国同士の婚姻の難しさは、今の比ではなかった。まして国を勝利に導いた英雄と、敵国の無名の娘との婚姻となれば、周りが黙っているわけがない。
ものすごい反対があった。メリエムは、耳を塞ぎたくなる誹謗中傷を受けた。身の危険を感じたことなど一度や二度ではなかった。
でもメリエムがユザーナの元から去ったのはそれが理由ではない。
周りの反発が加熱し、婚約自体が危ぶまれた時、あろうことかユザーナは、こう言ってしまったのだ。「君と結婚できるなら、全てを捨てても構わない」と。
それは、メリエムを追い詰める言葉でしかなかった。
ユザーナはこれから先にこそ、両国にとって必要な人間だ。
大切で愛している人の枷になどなりたくはなかったメリエムは、ユザーナの元から去った。その時すでに、メリエムのお腹にはティアがいた。
ユザーナがそのことを知ってしまえば、彼は本当に全てを捨ててしまうだろう。確信を持っていたメリエムは短い手紙だけを残し、ユザーナの元から姿を消した。
『今までありがとうございました。さよなら』
メリエム、21歳。
ユザーナ、29歳。
今日のような、秋の初めの眩しいほどに晴れた日の出来事だった。