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第5話:揺らぐ残響
都市を離れたクオンは、灰色の丘陵地を歩いていた。
風は乾いて冷たく、ところどころに廃墟のような建物が点在する。かつてオーバーライターが管理を失敗し、上書きから漏れた「捨てられた未来」の残骸だった。
人々は近づかず、地図にも記されない。だが、クオンの第三の眼には微かな揺らぎが見えていた。
彼の姿は旅装束のまま、黒髪を乱し、灰色の瞳に淡い光を宿していた。
額の第三の眼が脈動すると、空気が波打つ。
そこで、聞き慣れた声が残響のように響いた。
「──クオン。」
思わず立ち止まる。
耳に届いた声は幻聴か、それとも過去の記録か。
丘の頂に佇んでいたのは、師匠の痕跡だった。
かつての師匠、ライラ。
長い黒髪を後ろで束ね、深緑のコートに身を包んだ女性。人間的な雰囲気を強く残しており、額の第三の眼は淡くしか光らない。
彼女はかつて、初めてクオンに「暗黒物質の揺らぎ」を見せてくれた存在だった。
だが今、そこに立つのは実体ではなく“記録の断片”だった。
マターニューロンが過去の波を拾い上げ、視覚化した一瞬の残像。
「管理できない未来……クオン、見えるか?」
彼女の唇がそう動いた瞬間、揺らぎは消え去った。
クオンは静かに拳を握った。
師匠は確かに存在した。
そして、彼女はタブーを知っていた。
街へ戻ると、社会のざわめきは以前と変わらなかった。
市場ではフォージャーがペット用の小動物を売り、国家庁舎では「明日の未来修正スケジュール」が市民に通知されている。
人々にとって未来はただの商品であり、命は数値か造り物でしかなかった。
その中で、クオンだけが異なる景色を見ていた。
「師匠を探す。あの揺らぎの先にこそ、俺の正義がある。」
灰色の瞳が強く光った。
こうして、彼の旅は本格的に始まった。