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――パチンと栗が、火鉢の中ではぜた。
火箸で焼ける栗をつかみ、チホはミヒの顔色を伺った。
喜んでいた焼き栗も、今は苦に感じるようで、ミヒは顔を背け沈んでいる。
毎日が、重い。
「どうです?暖かいところへ移りましょうか?戦が、始まりそうですし」
ここのところ、チホの配下の者が、屋敷に入れ替わり立ち代わり出入りしていた。
「西へ下れば海に出る。渡って異国の島で暮らすのもいいかもしれません。戦も、海を渡ってまで、飛び火はしないだろうから。ジオンが、東の国相手に、戦を始めるようです。東は、昔から戦がおこれば、この国を兵舎のように使っている。だから、ここも大なり小なり戦に巻き込まれる。……生きなければ。亡くした命のぶんまでも」
チホは、言ったきり黙りこむ。
そう──。
屋敷から拐われた時、ミヒはジオンの子を宿していた。
気づかぬうちに、子を宿し……亡くしてしまったのだ。
「……流れてしまって。それで、よかったのよ」
いまさら、子のことをなぜチホは言うのだろうと、ミヒは息をつく。
忘れたふりをしていたのに。いつぞやの、屋敷の馬番の子の泣き声がミヒの頭でこだました。
ーー塩を……。塩をおくれーー
ああ……。
馬番の子に、どうして、塩を与えなかったのだろう。
いや、どうして、寒さに震える赤い指先を、暖めてやらなかったのだろう。
気がつかなかった……。
産まれていれば、きっと同じ年頃だったろうに。
それを……。
どうして……。
今と過去が入り混じり、ミヒは己を責めた。
安堵の息をつきたいと、逃げてばかりで……。
ああ……。
だから……。
――流れてしまった……のか。
ミヒの胸の奥深く暗闇でうごめいていた疑念も、今なら合点が行った。
「もっとはやく薬師を呼んでいたら。悔いております」
チホの懺悔に、ミヒは目を伏せた。
「もう、いいのよ。あなただって、傷を負ったのだから」
そっと、チホの背に手を這わした。
この衣の下には、過去がある。赤くはれ上がった刀傷。
……深紅、薄紅、萌黄……。色とりどりの花びらが、濁る大河に落ちていく。
彼方に突き出る崖から、ひらひらと風に舞って……。
ミヒは、見た。
濁流に飲まれる花びら達。
それは――、逃げまどう、後宮の花々。
ジオンの兵に攻め込まれ、皆覚悟を決めた。
辱めをうけてはならぬと、我先に身を投げたのだ。
ミヒは逃げていた。
生きろといわれて……。正統な血を絶やすなと、父王に言われて。
幼子に意味など判るわけがない……。
あの日。
空には、敵軍襲来を知らせる、黒い狼煙《のろし》が上がっていた。
綺麗だと、美しいと思っていたのは、命ある花びら達――。
色鮮やかな、女官の裾が、ふわりと広がり、涙と共に濁流の中へ落ちていった――。
……ジオンは……
ミヒの仇。
そう……ジオンのミヒではなかった……。