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司さんが寝室のベッドに入ってから三十分程度が経過した。その間私は、居間や台所などの家具をひたすら開けたり閉めたり。まるで空き巣みたいに、あちこち見て回ってみた。
何処に何があるのかさっぱりわからないままでは、此処でこの先生活していくのに不便だと思ったからなのだが、よくまぁここまでしっかり片付けてあるもんだと“自分”に対し、ちょっと関心してしまう。
『何で此処にこれをしまうかなぁ』って思うような事もなかったし、だいたいの物が効率よくきちんと片付いている。
「…… たった数年先の自分なのに、“今の私”と全然違う」
全てを見終わり、ソファーの上で膝を抱えて座ってボソッと愚痴をこぼす。料理も出来るらしい。掃除も、洗濯もちゃんとやっていたそうだ。ちゃんと自分色の部屋なのに、自分の部屋じゃないみたいだ。
(司さんに会って変わったのかな?色々頑張ったんだろうな、好きになって欲しくて、嫌われたくなくって)
そんな自分に対して、心の隅に湧くちょっとの不快感。
(自分が自分に嫉妬だなんて、馬鹿らしい……)
——けど、そう思うも、私は自分の感情を抑える事が出来ず、軽く下唇を噛んだ。
じっとしていると、不意にスマホからと思われる着信音が聞こえてきた。
「あれ?鞄、どこだっけ?」
いつの間にか拗ねて自分の膝に伏せていた頭を起こし周囲を見渡すと、慌てて音のする方を探す。すると、台所側のカウンターテーブルの上に私の鞄が置いてあったので、急いで中から私のだと思われるスマホを取り出した。発信者が見知った名前である事を確認出来たので、私は着信ボタンを押して電話に出た。
「もしもし?」
『——唯先輩?』
「香坂君、どうしたの?」と言った後で、昨日の事を思い出す。
(そうだ、退院したら連絡してくれって言われていた事をすっかり忘れていた!)
『さっき病院に行ったら看護師さんから「退院した」って聞いてビックリしましたよ。すごく早かったんですね』
「うん。検査でも異常無いし、入院していて治るものでもないからって改めてまた言われて」
『すぐに連絡してもらえれば迎えに行ったのに』
「学校やアルバイトもある人が何言ってるの、もう」
『唯先輩の為だったら、何処にだって行きますよ!』
「またそういう事言って…… 。あ、それで、何か用事でもあったの?」
『用事ないと会いに行っちゃいけませんか?』
「うん」
『うんって…… また。冷たいなぁ』
「で、何?何かあるんじゃないの?ないなら電話切るけど」
『待って!あります、今日はあります!』
前に同じようなやり取りをして、実際電話を切った事があるからなのか、香坂君の声がすごく慌てている様に聞こえた。
『店長から差し入れ預かっているんですよ。晩御飯はもう食べちゃいました?』
「いいや、まだだよ。でもそれって私にじゃないよね?司さんに作ってあげるって店長言ってなかった?」
『つ、司…… さん?…… あぁ、もう名前で呼んでるんですか。——えっと、「日向に渡して」って言われたんですが、俺あの人の連絡先知らないから』
香坂君のテンションがハッキリわかるくらいに下がった。
『でもこれ、一人分って量じゃないですよ。明日の昼までくらいは余裕でもちそうな量ですね』
「店長、張り切ってるなぁ…… 」
『そりゃぁあの人常連さんだったし。唯先輩餓えさせる訳にもいかないから、俺今すぐ差し入れ届けに行っていいですか?』
「…… いいと思うけど、家わかるの?」
『住所だけですけど知ってますよ、店長に念の為って住所メモってもらっていたんで』
「そっか。何時くらいになりそう?」
『タクシー拾おうと思っているんで。そうだなぁ…… 十五分位で着けると思いますよ』
「わかった。んじゃ私はご飯でも炊いておこうかな」
『俺の分もいいです?届ける、ご褒美に』
「香坂君も?んー、しょうがないなぁ…… じゃあ多めに炊いておくから、早く届けにおいで」
『了解です!あ、丁度タクシー来たんで、切りますね!』
香坂君がそう言い、私が返事をするよりも先に、電話の通話音が途切れた。
慣れないキッチンに立ち、ボウルにお米を入れると、それを冷水で洗う。家事をやり慣れていない私でも、流石にご飯を炊いた経験はあったので、何とか洗剤でお米を洗うような致命的ミスはせずに炊飯器のスイッチを入れる事が出来た。
そんなに時間もかからずに香坂君が来るようなので、メニューボタンを何度か押して早炊きモードにも出来たし、後は…… おかずを盛り付けする為のお皿でも用意しておけばいいかな?
(司さんは…… 寝かせておいてあげよう)
どうやら香坂君とはあまり仲が良くないみたいだし、睡眠不足っぽいのに叩き起こすのは可哀相だよね。
…… って事は、此処で彼と二人で食事するって事になるの?
『夫』らしい人の寝てる間に、その人の家で違う男の子と食事するという状況に、今更だけどちょっと複雑な気分になってきた。だけど、わざわざ料理を届けに来てくれるのに、受け取るだけ受け取って『やっぱり帰って』と言うのも失礼だし…… 。
(司さんが寝ている事を伝えて、ご飯を食べ終わったらすぐに帰ってもらおうかな。うん、それがいいわ)
台所でそんな事をぐだぐだと考えているうちに、もう香坂君が到着したのか、来客を知らせるチャイムが鳴った。
画面付きのインターホンを手に取り、呼び出しに応えると、来訪者は思った通り香坂君だった。
一階の自動ドアのロックを解除し、ここまで上がって来てくれるよう伝えると、先に鍵を開けておこうと思い玄関へ移動する。
鍵を開けた時、ガチャンッと少し大きな音が立ち、『司さんを起こしたかな?』と少し心配になって彼の寝ていると思われる部屋の方を見たが、特に反応は無かった。
ほっと息をつき、香坂君が来るまでの間に一度キッチンに戻ろうとしたのだが、今度は玄関チャイムの鳴る音が。
予想外の到着の早さに、反射的に「はやっ!」と呟くと、戻ろうとしていた足を玄関の方へと向ける。そして私が「開いてるよ、どうぞ」と玄関に向かい声を掛けると、香坂君がおそるおそる玄関をドアを開けてちょっとだけ顔を覗かせた。