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叶糸の通う大学の構内はかなり広大だからか、併設されているカフェは四ヶ所もあるそうだ。その他にも食堂や購買などもあって、学生のみが利用出来るお値打ちな店もあれば、やや価格は高めだがゆったりとしていて寛ぎを重視した店、貴族専用の店、そして私達が入った正門近くのこのカフェのように部外者も利用可能な店など様々だ。利用者の立場や同行者の有無、財布事情に合わせて店を選べるのはありがたい。
ここは部外者も利用可能とはいえ、主な利用者はやはり学生だ。その為、テーブルの高さや椅子はリラックス重視ではなく、自習のしやすさを優先した造りになっている。奥には四人から六人ほどが座れるソファー席もあるが、両サイドはしっかりと壁で仕切られており、個室のような造りになっているため議論が白熱しても問題ない。二人掛けの席でもテーブルは広めで、資料や本を広げやすい。店内で流れている音楽もクラシカルで勉強に集中しやすそうだし、細部にまで将来を担う学生達への配慮が感じられた。
(カフェは本来自習室じゃないけど、どうしてもそういう使い方をする生徒が多いから、こうなったのかな?)
店員に案内されて席に着く。二人掛けのソファー席ではあるのだが、横幅のあるタイプだからなのか……何故か叶糸が私の真横に座った。向かいの空席には、私達のマーモットバージョンにそっくりのぬいぐるみが二体並んでいる。叶糸版はすらっとしていて大きく、私の方はずんぐりとしていて可愛くない。先程までは、最近叶糸が研究・開発したらしい『亜空間への収納魔術』に収められていた物を、何故か彼がわざわざ取り出したのだ。
(在籍しているのは薬学部なのに、何をやっているんだ君は。……にしても、第三者視点で見ると、ホント『マーモット版』は太っていて可愛くないなぁ……)
目付きは悪いが、圧倒的に叶糸版の方が可愛くて、つい対面に腕を伸ばして撫でたくなった。だが、「——わざわざ出さなくても……」と私が呟くと、「アルサからの依頼でもあるんだ。オレ達の『噂』に便乗して、『幸運のマーモット』的なグッズ展開をしたい家門があるらしい」と教えてくれた。
「ハコブネの貴族達は随分と商魂逞しいな!」
小声ながら、叫ぶような勢いになってしまった。
「今じゃどこもこんなもんだよ。領地から得られる収入だけで豪遊しているようじゃ、すぐにネットで叩かれて、御貴族様だろうが潰されるご時世だからね」
「……貴族社会も世知辛いのだな」
「そうだね」
「……ところで、叶糸」
「ん?」
「何故君は私の真隣に座っているのかな?」
「あ、ごめん。いつもみたいに膝の上に座りたかったかな?」
ザワッと店内がわずかにどよめいた気がする。少し離れた位置にいる護衛の二人も周囲を警戒したから、気のせいではないな。
(これは、『世間』様から私達が興味を持たれているって事で合っているのか?)
今日はその為に『龍の獣人』で人前に出ているのだから、興味を向けられるのは正解なのだろう。だが、自習するつもりで来ていた者達の気も散らしてしまっているのだと思うと、少し心苦しい。
「あ、いや……(この姿じゃ)やりませんよ」
確かにマーモットの姿の時は抱っこか、膝の上か、抱き締められながら寝ているかという感じではあるが、ヒトの時は流石に別だろう。
「照れなくてもいいのに」と言い、叶糸がさらに距離を詰める。これ幸いとばかりに「何、人前でやってるんですかっ」と問い詰めると、叶糸は真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
(美丈夫のその視線は、人を殺せるぞ!?)
ふぅ、私じゃなかったら危なかったところだ。
「アルカナも、今日の目的は覚えているんだよな?」
儚げにはらりと落ちた私の横髪を叶糸が掬い上げ、耳にかける。軽く指先が触れて少しくすぐったい。
「も、もちろん。『人目についてこい』的なやつでしょう?」
「ちょっと違うよ。『仲睦まじくしているシーンを多くの者達に目撃されておいてね』だよ」
「ほぼ一緒じゃないか?というか、ならもう、目的は達成したのでは?」
「まだ全然だよ。——いいかい?アルカナ。オレ達は『身分差の恋』や『逆シンデレラ』的な流れで注目を浴びているが、ただそれだけだ」
「まぁ、そうだな」と頷き返す。周囲に聴かれないようにしているのか、ここまでずっと耳元での小声なせいで、耳の奥をくすぐられるような感覚にゾクゾクしてしまう。
「『親が決めた婚約者が既にいる』とか、『出会う順番を間違った二人』だの、『真実の愛に目覚めてしまった』だのといったドロドロな愛憎劇じゃないから、少しくらいは話題を提供してあげないとだろう?」
「成る程、これはその為の距離感か。だがまぁ、もしそんな者が居たら、そもそも私は『私と叶糸が婚約する』という案には乗らなかっただろうな」
「いや、そこは略奪しにいこうよ」
真顔で、しかも瞳孔が開き気味に言われても困る。だが、叶糸が死に戻る前のあの二人のどちらかと今も婚約中だったのなら、迷わずそうするかもしれないので、「わ、わかった。もしそうだったなら、そうしたと思うとしておこう」と言い換えておいた。
「よし」と機嫌良く叶糸が頷いた時、外の方から大きな声が聞こえてきた。私達が反応するよりも早く護衛の二人がこちらへ移動し、「様子を見て来ましょうか?」と確認してくれる。流石は南風家が付けてくれた護衛達だ。
「いや、大学側の警備員もいるし大丈夫じゃないかな。君達を見て、南風家の護衛だと気付かれても面倒だ」
叶糸がそう言うと、護衛の二人は「了解しました」と答えて元の席に戻っていった。既に十分な貫禄があり、私じゃなかったら叶糸に惚れていたかもしれない。
コメント
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ああ、第36話読み終わりました!カフェでの二人の距離感、すごく良かったです。隣に座る叶糸くんに「いつもみたいに膝の上に座りたかった」って言われてどよめく店内、思わずこちらも照れました(笑)。アルカナさんが「この姿じゃやりませんよ」って焦るところ、可愛すぎてにやけました。それにしても、叶糸くんの「略奪しにいこうよ」の真顔は笑ったなあ…。仲睦まじいシーンを目撃させるっていう作戦、しっかり絵になってて、二人の距離がどんどん縮まっている感じが伝わってきました。次も楽しみにしてますね🌷