テラーノベル
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狼の獣人であるが故に音には敏感な叶糸が、じっと外の方に意識を集中している。私も彼に倣って騒ぎの元凶がいる方へ視線をやると、そこには大学の警備員と揉めている剣家の三兄弟の姿があった。「うわ……」
つい私が素でこぼすと、叶糸がクスッと笑った。その笑顔が本当に楽しそうで嬉しくなる。出会った時は目の下のクマが酷かったけど、あの頃とは雲泥の差な眩しい笑顔だ。
「ウチの義兄達が揃いも揃って来たみたいだね。此処まで来るのが早かったって事は、大学の近くに居たのかもな」
「何故近くに?彼らの通う大学も大学院も、どっちも此処からは遠いでしょうに」
「そりゃ、アルカナに会う為だろ」
「げっ」
「『げっ』て」と言って叶糸がまた笑う。
美丈夫ながらも可愛いこの笑顔をいつまでも見ていたくなったが、外がまた煩くなってきた。気にはなるけど、私には南風家一同の様に唇を読む技量は無い。三義兄弟達の声を聞くにはどんな魔法が適当かと考えていると、叶糸が口を開いた。
「『——いいから中に入れろって!』『ですから、きちんと申請をしてからお願いします、と』『薬関係の学部にいる“剣叶糸”の義兄だってんだろうが!親族ならいいじゃねぇか!』『だから、そうはいきません。警備の都合上、親族のみでは、許可が無いと立ち入りが出来ない箇所が多いんです!弟さんに許可申請を頼み、同行してもらって下さい』のやり取りを、馬鹿みたいに何度も繰り返しているな」
国内最高峰の大学だ。歴史的な価値もある建物をちらりとでも見てみたい観光客や、学生との待ち合わせにも使う人がいるから、このカフェ付近までは立ち入れるはずだ。なのに正門の前で止められているのは、彼奴らが騒ぎ過ぎたせいか?それとも、低脳過ぎて彼らの家族が通っていそうな雰囲気じゃないからだろうか。
「聞こえるのか?この距離で、向こうは外だっていうのに流石の聴力だな」
「雑音を拾い過ぎても脳が疲れるから、普段は意識して聞こうとでもしないと音は拾えないけどな」
「そうなのか。でもまぁ確かにそうじゃないとキツイよな」と納得していると、ちらりと周囲に目を配り、そっと叶糸が息を吐いた。
「……どうかしたの?」
「あ、いや。予想通り過ぎて嫌になるなと思ってな」
「予想通り?」と私が不思議に思っていると、「義兄達の到着が随分と早かっただろう?」と叶糸が言う。
「あぁ。でもそれは、近くで待機していたからなんだろう?」
だってさっき自分でそう言っていたじゃないかと思っていると、叶糸は言葉を続けた。
「でもそれだけじゃ、アルカナが此処に居るとはわからないだろう?君が構内に立ち入った瞬間は、その姿じゃなかったし」
「あ、そうか。確かに」
そんな話をしつつ、叶糸が各テーブルに置いてあるタッチパネルを使って何やら注文を始める。
「何か希望は?」と訊かれたが、「叶糸に任せる」と伝えると本題が続いた。
「……多分、このカフェに密告者がいるんじゃないかな」
またもや耳元に近づき、そっと叶糸が囁く。触れそうな距離で息が掛かるたび、私の体が小さく震えそうになる。変に思われたくないからぐっと耐えてはいるが、何処まで持つかといった状態だ。
「み、密告者?」
声が少し震えた気がする。この距離も、耳元での囁きも、『仲良しアピール』の一環なのだろうけど、『此処までしないといけないのか?』と照れながら思った。
「あぁ。世の中には、義兄達が南風家の婿養子になってくれた方が都合がいい連中がいるんだよ。そいつらがネットにでも書き込むか、直接連絡してアルカナの居場所を知らせたんじゃないかな。大学の近くにいたのは、『今はまだ恋愛に舞い上がっている御令嬢が、義弟に会いに来るかも』って所だと思うよ」
「都合が良い?」
近くに居た理由は納得出来たが、南風家の婿養子に関しては理解が及ばずきょとん顔になってしまう。彼らのいずれかが南風家に入る利点なんかが、赤の他人なんぞにあるのか?と考えてみたが、『これか!』としっくりくるものがなかなか浮かばない。
(……南風家の力を削ぎたい勢力が、無能を送り込みたいとか?)
そのくらいしか思い付かずにいると、「見たところ、店内には護衛の二人と店員達以外は学生しかいないっぽいから、密告者はアイツらの遊び仲間とかじゃないかな。あくまで可能性の一つだが、都合良く騙せる金蔓にはもっと金を手にしてもらいたいんだろ」と叶糸が考察を教えてくれた。
「この大学にもそんな奴が……」
この大学に入れるくらいだ。頭の回転も早いだろうし、口も上手そうだから、あの三兄弟なんかは簡単に騙せそうだ。
「ギリギリで大学に入った奴とかは結局ついていけなくなって、夜遊びで現実逃避していたりするらしいんだ」
「過酷だもんな、この大学の勉強は」
その勉強に余裕でついていけている叶糸を誇らしく思った。
「——お待たせしましたワン」
愛らしい音楽と共に、不意に機械音声が響き、顔を上げる。叶糸が注文したであろう商品を運んで来た犬型の配膳ロボットがそこにはいて、私は思わず「可愛いなっ!」とやや大きめな声を出してしまった。
慌てて両手で口を塞ぐ。見知らぬ人達から微笑ましさの混じる視線と笑みを向けられ、恥ずかしい。
「す、すまない……。存在は知っていたが、実際に前にすると、つい」
悔やみながら手を額に当てる。今は十八歳という体なのに、この反応ではまるで小学生だ。
「アルカナはずっと領地の屋敷で療養していたから、初めて見たんだね」
“設定”の説明をありがとう!と思いながら、「……うん」と照れながら返す。二人の世界っぽくなってしまっている間に、護衛達が運ばれて来ていた品をテーブルの上にずらし、《受け取り完了》ボタンを押してくれた。
彼らに感謝の意を伝え、早速運ばれてきた品に手をつけようとした。美味しそうなアップルパイが一皿と紅茶が二杯分並んでいるが、フォークがちょっと遠い。まずはパイを半分こにするつもりでフォークに手を伸ばそうとすると、叶糸が先に取り、一口分をこちらに差し出してきた。
「はい、『あーん』は?」
こうだよとでも言うみたいに、叶糸も口を軽く開けている。赤い舌が見えて妙にエロい。
「こ、ここでか!?」
問い掛ける声が震える。マーモットの姿の時とは違って恥ずかしくって堪らない。参考書から視線をちらりと上げ、好奇心旺盛な眼差しが私達に集まっているのがわかる。
「……本当に?」
「勿論。沢山仲良くして話題提供をして、つけ入る隙は無いって思わせた方がいいだろう?」
ニッと笑う顔までいい感じだとか、狡くないか?……私は叶糸の顔に随分弱い気がする。
覚悟を決め、「んあ」と口を開けて待機していると、甘いアップルパイが口の中に入ってきた。美味しくって、つい「んっ!」と声が出る。多分瞳をキラキラと輝かせてしまっていると思う。夢中で咀嚼していると、叶糸がペロッと私の口元を舐めてきた。
「——んぐっ!?」
驚き過ぎて硬直していると、店内で黄色い悲鳴がささやかにあがった。かなり効果的な行為だったみたいだが、何故キスみたいな行為を!?と一人で動揺していると、色気ダダ漏れな叶糸が自身の唇をぺろっと舐めた。
「口の端についていたぞ?」
「……指で、取れば良かったのでは?」
震え声で返すと、「それもそうか」と叶糸がすっとぼける。確信犯である事は明らかだった。
その後も嬉しそうに私の口にアップルパイを運び続け、給餌みたいなデザートタイムが終わってしまった。結局は叶糸が口にしたパイは私の口元についていた生地の欠片だけなのだが、それでも随分と満足そうにしているから『仲良しアピール』は成功だったものと思っておくか。
その後。
剣三兄弟が大学の前で一騒動を起こした事がネットで拡散され、それを理由に南風家側から正式に『義兄三人のいずれかとの婚約は考えられない。検討の余地も無い状況なのでお断りする』と打診する事となる。
(一応目元は隠してあったが、見る人が見れば、即バレるよな)
義兄達は心底肩を落としただろうが、養父だけは『じゃあ自分に確定か』とニヤけていたのだろうなと思うとゾッとした。だがその思惑も、この数週間後には普通に『お断りします。当初の要望通り“剣叶糸”氏一択で』と通達されて頓挫する。
そもそも、最初から『剣家のいずれかとの婚姻を望む』という要望ですら無かったのだから当然の結末だが、多額の支度金を手に入れられることになろうと、しばらくの間、剣家一同は沈んだままだったそうな。
彼らは結局のところ、『南風家の入婿』という肩書きそのものに執着していたのだろう。
——ここまで熱望されて婿入りしていく叶糸に対して、尚も『どうせすぐに帰って来る事になる。令嬢に取り入る準備でもしておけ』だなんてやり取りを剣家でされる事になるのだから、呆れてものも言えないな。
#佐久早聖臣
𝚕𝚒𝚎
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コメント
1件
**はる。だわ!** 今回のエピ、めちゃくちゃ良かった…!叶糸の耳元囁きからの密告者考察、頭いいし頼もしすぎる。そしてあの「あーん」からの舐め取りは反則級だろ!アルカナが照れて震える気持ち、めっちゃ分かるわ。でもそれが“仲良しアピール”として戦略的に計算されてるのがまたニクい。義兄達がバカみたいに騒いでる間に、着実に距離詰めてくの最高だよ。最後の後日談でスッキリ片付いたのも気持ち良かった🔥 次も楽しみにしてる!