第1話:正義の旅立ち
灰色の街路を歩く青年の姿があった。
彼の名はクオン。二十代半ば、黒髪を短く整え、瞳は深い灰色で冷静さを湛えている。コートの裾は長く、旅人のような機能的な装束。だが額には淡く光る第三の眼があり、それだけが彼を“人ならざる存在”と示していた。
この街は「未来も過去も上書きされるのが当然」と信じて疑わない人々で溢れていた。
路地では露天商が「昨日の事故はなかったことに! 保険代わりのオーバーライト契約!」と叫び、広場では親が子供に「ほら、泣かないで。上書きすれば痛みなんて消える」と言い聞かせている。
誰もが“修正された未来”に寄りかかり、疑問を持つことはなかった。
だがクオンは違った。
彼の正義は「命は守るべきもの」という一点にあった。
その日、彼は民間依頼を受けて『命救出プロジェクト』を実行していた。
対象は数時間前に事故で消えたはずの少年。
クオンは第三の眼を閉じ、暗黒物質の揺らぎを読み取る。失われた未来の断片が網の目のように広がり、少年の“痕跡”が微かに光る。
「……ここだ」
灰色の光が彼の額の眼から迸り、時空が揺れた。
数秒後、瓦礫の下から現れたのは、まだ息をしている少年の姿。
泥にまみれた髪、擦り傷だらけの小さな手。だがその目は確かに生きていた。
人々はざわめいた。「奇跡だ」と誰かが呟く。
だが別の誰かは首を振る。「違う。これはタブーだ。消えた命は戻せないはずなのに……」
クオンは冷静に少年を抱き上げる。
感情を表には出さずとも、その灰色の瞳の奥には燃えるような強い思いがあった。
「命は数値でも道具でもない。守るものだ。」
街の群衆が彼を英雄と呼ぶ一方で、国家管理局は即座に動き始めていた。
「元管理職のクオンが、禁忌に触れた──」
その報告は、やがて彼を孤独な旅人へと追いやる序章となる。
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