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第2話:秩序の代償
クオンは歩きながら、ふと足を止めた。
昨日救った少年の顔が頭に浮かぶ。
そして、同時に思い出す──国家管理職オーバーライターとして働いていた頃の記憶を。
国家庁舎。
鉄鋼の壁で覆われた無機質な巨大ビル。内部は日光の照明に満たされ、冷たい空気が循環していた。
そこでは「命」すら数字に置き換えられていた。
当時のクオンはまだ若く、短く切りそろえた黒髪、灰色の瞳に管理職用の濃灰色の制服。胸元には識別タグ、腰にはデータ端末が下げられていた。
額の第三の眼もまだ淡くしか光っておらず、今より未熟な力を放っていた。
彼の上司──アストラ。
背が高く、銀灰色の長髪を後ろに束ね、硬質な瞳を持つ女性。
管理職用の制服は皺一つなく、彼女自身の冷徹さを象徴していた。
その姿はまるで人間ではなく、「秩序そのもの」が形を取ったようだった。
「クオン。今回の修正で削除対象になった命は七十三。記録に残す必要はない。」
アストラは端末に流れるデータを指で示した。
画面には無数の名前と数字が並び、「削除済み」と赤く表示されていた。
「……彼らは、生きていた。」
クオンは思わず言葉にした。
灰色の瞳が揺れる。
だがアストラは振り返らない。
「未来を最適化するには、命は数で扱うのが正しい。感情を持ち込むな。それが国家の正義だ。」
周囲の職員たちもまた同じだった。
緑、灰色の瞳を持つ者たちが、冷静に数字を処理し、まるで工場のように過去と未来を書き換えていた。
そこには涙も歓喜もなかった。ただ無数の命が統計の中で消え、別の命が選ばれるだけ。
──窮屈だ。
胸を締め付けるような感覚。
命をただの数字として扱うその現場で、クオンは息をすることさえ難しかった。
回想から戻ったクオンは、静かに目を閉じた。
国家を離れた理由を、改めて心に刻む。
「俺の正義は……命を守ることだ。」
灰色の瞳が淡く光る。
その光は国家の管理庁舎では許されなかった輝き。
だが今は、孤独でも自分の正義を支える唯一の灯火だった。