毛布を敷き詰めた小さめの木箱は、三毛猫と5匹の子猫達の仮住まいになった。少し臆病な性格の母猫を気遣って、それは館の一階、ホールの隅に置かれた。
中から聞こえる「みー、みー」という元気な鳴き声に、くーとティグはソワソワと箱の淵に前足を掛けて覗き込んでみたり、周りを落ち着かなくウロウロしていた。
もう少し大きい箱ならティグ達も一緒に入れるかもという意見も出たが、余計な成猫が出入りすることでチビ達が踏まれる危険がある。くーはまだ小柄な方だが、ティグはオス猫ということもあって三匹の中では一番体格が良い。ティグだけでも木箱は満員御礼状態になって、子猫達は間違いなく圧し潰されてしまう。
「子を産んだ母親のことは、私が一番良く分かっております」
三人の娘を持つマーサは三毛猫を献身的に世話していた。食べやすく栄養価の高いご飯を一日に何度も用意してあげ、毛布も小まめに交換して清潔を保っていた。
子猫達が目を開き、少しずつ歩き出せるようになった頃には、あの痩せ細っていたナァーちゃんもすっかり元気になっていた。保護した時にはふら付いていた足取りも、猫本来の軽快さを取り戻していた。授乳中ということもあって三色の毛並みはまだ艶は無いが、それは今は仕方ないこと。子猫達の離乳が終われば自然と回復するだろう。
「この子はメス。こっちの子はオス、かな? え、オス?」
「生まれたばかりは翼は無いのね。まだ魔力が無いのかしら」
「べ、ベルさん! この子、オスですよ!」
母猫が食事している合間を狙って、ベル達は木箱を取り囲んでいた。最初の頃は慌てて飛んで来ていたナァーも少しは慣れたのか、勝手に子猫を触っていても平然と食事を続けている。
チビ達の背に翼の片鱗すらないことを不思議そうに確認しているベルに、葉月は一匹の子猫のお腹を付き出した。ベルも一緒に確かめてみたが間違いなく、オス猫だ。
「この子、三毛猫なのに、オスなんですよ!」
母猫と同じ三色の毛の子猫のお腹をしつこく確認する。葉月が慌てている意味が分からず、ベルはきょとんとしていた。
遺伝子の関係上、オス猫の場合は黒とオレンジの毛色が揃って出ることがない為に三毛猫のオスが生まれる確率はとてつもなく低い。一説では3万分の1と言われている。――葉月のその説明に、ベルは少し考えてから首をひねった。
「葉月の言う猫と聖獣の猫は、全く違う生き物なのかしら?」
言われてみれば、そうかもしれない。もし猫ならば3万分の1だったはずの存在は葉月の手の中で丸まって小さな寝息を立て始めていた。
子猫達はこの三毛のオス以外には、ティグにそっくりな茶トラ模様のオス、三毛のメス、白黒のメス、真っ黒に胸元だけ蝶ネクタイのような白ブチのあるオス。黒の多い子はティグの血だろうか、光の加減で薄っすらと縞模様が入った毛並みをしていた。同じ親からこれだけ様々な色模様の子が生まれるとは不思議だ。
母猫の食事が終わったようなので、二人は子猫達を木箱へ返す。
戻って来たナァーは箱の中で前足を使って口元の手入れを始める。座りながら毛繕いする母の胸に子猫達は我先にと吸い付いていた。
おぼつかない足でヨチヨチと歩き、小さいながらも互いにじゃれ合う姿も出てきて、子猫の動きは見ていて飽きない。
「そうそう、お父様から返事が来たのだけれど、まとまった休みが取れないそうよ」
ティグ達を森から連れ帰った後、すぐにベルは王都にいる父へ手紙で知らせた。誰よりも猫達との再会を夢見ていた男は、宮廷魔導師の長として激務に追われているようだ。
「もう一匹の猫のことは書いてました?」
「ええ。やっぱりナァーちゃんみたいよ」
古代竜との戦いに力を貸してくれたもう一匹は三色の毛色の猫だったと返事に書かれていた。ティグだけでなく、他の猫も揃っていると知れば必ず驚くだろう。さらに、その子供達まで居るのだから、これ以上の親孝行はないとさえ思える。
少し前からホールの壁にはジークが冒険者時代に使用していたローブなどが飾られるようになった。以前に屋根裏部屋で見つけた物だが、試しにティグに見せた時は喉を鳴らして擦り寄り続け、しばらく離れなかったほど懐かしんでいた。30年の時を経ても相棒の匂いは忘れていない。
木箱から離れ、葉月はソファーで丸くなっている愛猫の横に腰掛ける。子猫達の成長と共に、くーがナァーに付き添う頻度は減っていた。もう心配ないと言うことなのだろう。
――だったら、もう……。
「葉月……」
言い出しにくいのはこちらの世界にも愛着を持ってくれている証拠だと、ベルは寂しいが嬉しくもあった。