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葉音/ペア画中
43
#異世界転生
上野文
8,960
「あれが回回砲か」
目の前の光景に、若きサルタクは喜びの声を上げた。
「まさに我らモンゴリア帝国が誇る最新兵器――回回砲!」
カルデル城攻撃軍の司令官ベルケは、甥に説明するように言った。
「この世界のすべては、大カーンのものだ」
「まだ大カーンに朝貢もせぬ蛮族など、すべてこの地上から消してしまいましょう」
「まったくだ」
ベルケは、城壁を見上げた。
「高い城壁を築き、怠惰な生活をむさぼる者どもなど――」
口元に笑みを浮かべる。
「我らの敵ではございませぬ」
「城ごと潰してしまいましょう」
サルタクは興奮冷めやらぬ様子で
「そうだ、そして、その跡を我らの馬の牧草地にでもしてしまえばよい」
そう答えると回回砲によって無残に崩されていく敵の城を眺めていた。
そして早くも――
父親への報告の言葉を考え始めていた。
「4号機、破壊されました!」
「7号機も損傷が激しく、これ以上は……」
次々と届く報告を聞きながら、ロドリゲスは泣いていた。
「理論上は可能なんだ……」
部下たちに向かって、涙を拭いながら呟く。
「三百キロの岩を投げる投石機を造ることは……理論上は可能なんだ」
「でも……」
ロドリゲスは、目の前で次々と破壊されていく投石機を見つめた。
「本当に作れるなんて……」
轟音が響く。
城壁の上では、兵士たちが右往左往していた。
飛来した岩の一部は城壁を越え、街へと落下している。
もし城壁が崩れれば――。
万を超える敵軍が、一気に城内へ雪崩れ込んでくる。
「でも……」
ロドリゲスは、ふと顔を上げた。
「……あれ?」
何かが引っ掛かった。
「俺……なんか忘れている気がする」
ロドリゲスは必死に記憶をたどった。
何か。
何か、とても大事なことを――。
「ロドリゲスがいないから、お前、代わりにやれ」
「何を?」
「俺の言うとおりにやれ」
「だから、何を?」
サイラスとカイルは、まったく噛み合わない会話を続けていた。
やがてカイルが、丘の上に並ぶ投石機を指差した。
「右から順番に行くぞ」
「……何をするんだ?」
「いいから」
カイルは敵陣を見つめた。
「左十五度、上十二度」
「左十五度、上十二度……」
サイラスが復唱する。
「左十度、上十二度」
「左十度、上十二度」
「右五度、上十度」
「右五度、上十度」
カイルが短く言った。
「撃て」
「……なんで?」
「いいから撃て」
サイラスは首を傾げながら、兵に命じた。
「撃て!」
次の瞬間――
轟音が、丘の上に響き渡った。
「カイル、いったい何なんだ!」
たまらずサイラスが声を上げた。
カイルは敵陣を見つめたまま答える。
「あのバカでかい砲には、弱点がある」
「弱点?」
「あんな重いもの、そう簡単には動かせない。設置したら、そこに固定するしかない」
カイルは城壁の上から敵陣を見渡した。
「ここからなら、撃てる」
そして、敵の巨大な砲を指差す。
「おまけに、砲そのものは木製だ」
その瞬間だった。
轟音とともに、最初の一撃が放たれた。
岩塊は大きな弧を描き――
敵の砲へと吸い込まれていった。
直撃。
木材が砕け、巨大な破片が宙へ舞った。
「……なんで?」
サイラスが呆然と呟く。
「カイル式測量法だ」
「測量法?」
「おそらく勘だが」
「勘?」
カイルは平然としていた。
「敵の将軍は、あの砲の弾道計算なんかできんと思うぞ」
「……まあ、そうだろうな」
「あんな重い砲、道を通って運ぶしかないじゃん」
「うん」
「じゃあ、設置場所も分かるじゃん」
サイラスは黙った。
そして――
「……なるほど」
カイルは再び敵陣を見た。
すでに敵兵たちが慌ただしく動き始めている。
「なあ、サイラス」
「なんだ?」
「この後、俺なら騎兵隊をぶつけるけど」
カイルが振り返った。
「お前なら、どうする?」
「なんだ、なんだ、なんだ!」
モンゴリア軍は、何が起きているのか分からなかった。
森の向こう。
丘の上から、巨大な石が放物線を描いて飛んでくる。
まるで――
巨大な銛が空を飛んでいるようだった。
次の瞬間。
ドォン!
その一撃が、回回砲を直撃した。
木材が砕け、巨大な破片が宙を舞う。
回回砲は三百キロもの巨石を装填するため、次の一撃までに時間がかかる。
そして――
防御力は、ほとんどない。
「な、なんだ……?」
兵士たちが呆然と立ち尽くす。
ドォン!
二台目。
ドォン!
三台目。
次々と巨石が飛来し、回回砲を打ち砕いていく。
わずかな時間のうちに――
五台あった回回砲は、すべて破壊された。
モンゴリア兵たちが丘を見上げる。
そこに――
一人の男が立っていた。
蒼いマント。
そして、片腕。
その男が騎兵を率いて、丘を駆け下りてくる。
「敵襲だ!」
ようやく誰かが叫んだ。
だが――。
回回砲を扱っていた者たちは、モンゴリアの兵士ではなかった。
その多くは、兵器を造り、扱うために集められた学者や工夫。
そして奴隷たちだった。
戦うためにここへ来た者たちではない。
その彼らの目の前へ、騎兵が迫る。
「逃げろ!」
一人が叫んだ。
それを合図にしたかのように――
彼らは我先にと逃げ出した。
ベルケは、報告を聞いた。
攻城兵器を――すべて失った。
その事実を前に、ベルケはしばらく黙っていた。
隣では、サルタクが不安そうに叔父の顔を見つめている。
やがてベルケは、静かに言った。
「撤退の命令を」
「……はっ」
つい先ほどまで、あと一歩で城内へ雪崩れ込む。
そう思っていた。
だが、攻城兵器を失った今となっては話が違う。
モンゴリア軍は攻城を諦め、撤退の準備を始めた。
そのとき――
城門が開いた。
ドォン!
城からも兵が打って出てくる。
「急げ!」
ベルケが叫んだ。
「長居は無用だ!」
モンゴリア軍は、追撃を受けながら戦場を離れていった。
サイラスが丘へ戻ると――
カイルの姿は、もうなかった。
「……あいつ」
サイラスは呆れたように呟いた。
翌日。
王都の新聞には、大きな見出しが躍っていた。
――カイル、ヨルバ島を脱出か!
その行方はようとして知れない
コメント
1件
読了しました、第43話「老兵はただ去り行く」……。 カイル、本当にかっこよかったですね。敵の回回砲の弱点を見抜き、「カイル式測量法」で一気に打ち砕く。あの冷静でいて熱い判断に、胸が震えました。ロドリゲス技師の「理論上は可能」の泣きも、職人としての無念がにじんでいて切なかったです。 カイルの背中を見て「あいつ……」と呟くサイラスの距離感、好きです。そして最後の「ヨルバ島を脱出か!」の見出し、また新たな旅立ちを予感させますね。本当に油断ならない展開でした。