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「きゃーー!早くーー!誰か来ておくれー!」
お浜の叫びは、大きくなる。
「社長、風呂場からですぜ!」
「ああ!」
金原と龍は、廊下を駆けて台所へ転がり込んだ。
水屋箪笥の脇にある戸口で、お浜が、へたりこんでいた。
「櫻子ちゃんが、湯船に浮かんでるー!!」
泣き出しそうになりながら、お浜は、背後を指差し訴えた。
元は外にあった風呂場だったが、何かと不自由になり、母屋と繋げた。通じる入り口は、台所の壁をぶち抜く結果になり、不自然な出入口ができてしまっていた。
へたりこむ、お浜の物騒な一言に、金原は顔をひきつらせ、どけっ!と、強くいい放つと、風呂場へ向かった。
「……お浜、湯船に浮かん出るってっ、なんなんだっ!!」
龍が、金原の後を追うとするが、お浜は、その着物の裾を掴んで、だめだと、止めた。
「櫻子ちゃん、裸なんだよっ!龍、あんたは、いっちゃーだめだ!」
「は、裸?!なんで?!というか、お浜、てめぇー!やりやがったかっ!!」
掴みかかろうとする龍を邪魔するかの様に、お浜!と、金原の声が流れる。
「あっ!そうだ!て、手伝いしなきゃ!女手がいるよっ!」
よろよろと、立ち上がりお浜は、風呂場へ向かう。
その後ろ姿に、龍は、顔を曇らせていた。
「ああっ!櫻子ちゃん!!」
お浜は、風呂場の入り口、脱衣場から出てきた金原とかち合った。
「お浜、体を拭いてやれ!」
金原は、力が抜けて、ぐったりしている櫻子を抱き抱えている。
全身ずぶ濡れ、もちろん、裸だが、金原は、心配からか、顔をひきつらせせたままだった。
「は、はい!キヨシ!ここは、蒸気が。台所で横に!」
わかったと、言いつつ、着物!と、金原が叫ぶ。
「あっ、そうだね、裸のままは……」
おろおろしながら、お浜は、脱衣場へ転がり込んで、櫻子の着物を持って来た。
「濡れた体を拭いてやるのが先だろうが、真っ裸のまま、運ぶのはまずい。着物をかけろ」
こくこく、頷き、お浜は、金原に従っている。気が動転して、何をどうすれば良いのか、頭が回っていない。
「だ、旦那様……」
金原の腕の中で、櫻子が呻く。
「み、見てないぞ!俺は、何も見てないからなっ!真っ昼間から、裸なんてっ!!」
うっと、声を絞り、櫻子は、羞恥から涙を流す。
「す、すみません……お洋服が、旦那様の……」
後は、嗚咽のせいで、何を言っているのか、わからない。
金原は、大丈夫だと、そればかり言い、お浜も、誰も見てないと、繰り返し、櫻子を慰めにかかるが、当の櫻子は、泣きじゃくるばかりだった。
「あ、ああ!水、水、飲みたいよねー!」
お浜は、龍を呼びつけながら、バタバタと台所へ向かった。
「で!お浜!てめー、なんで、奥様に手をかけたっ!金原の店、いや、社長を支える大事な役目を背負ってる方なんだぞ!それを、お前はっ!昔みたいにっ!」
戸口で、お浜を待ち構えていた龍が、頭ごなしに怒鳴り付ける。が、それは何か含みのあるものだった。
お浜は、たちまち顔を歪め、龍へ掴みかかると、今まで以上に叫んだ。
「あ、あたしは、何もしてないよっ!昔の話なんて持ち出しやがってっ!!櫻子ちゃんは風呂で、のぼせただけだよっー!!」
「のぼせたーー?!」
すっとんきょうな、声をあげた龍へ、金原の声が被さる。
「静かにしねぇか。とりあえず、ここに一旦、寝かせる」
現れた金原の腕に抱かれる櫻子は、着物を肌にかけられてはいるが、ずぶ濡れで、龍にも裸であるとハッキリわかる状態だった。
龍は、櫻子を視界から外そうと、さっと背を向けた。
「龍。お浜が、風呂を勧めたようだ。夕べ入れなかったからと、それはいい、だがな、お浜だぞ……」
言いながら、金原は、櫻子をそっと降ろし、板の間へ横たえた。
「あーー、それ!お浜が、薪の焚き付けしやがったんですかっ!!そりやーー、調子っぱずれの火加減で、奥様も、のぼせますよっ!!」
余計なことをしやがって、と、龍は、背を向けたまま、肩を怒らせている。
「ややっ!火加減?!っつーか!薪の、火の、後始末はっ?!まずい!屋敷が、燃えちまうっ!!」
龍は、土間へ飛び降りると、風呂釜の焚きつけ口の様子を見に行くと言って、お勝手から外に駆け出した。
「す、すみません……わたしが……」
のぼせきり、顔を真っ赤にしつつ、それでも、場を騒がせたと、櫻子が謝ろうと呟く。
「……お前が、謝る事ではないだろ。それよりも、冷やした方がいいな、まず、水を飲むか?」
金原の気遣いに、櫻子は、さらに泣き出した。
「水!!」
お浜が、湯飲みを差し出しているが、かれこれ動揺しているのか、指先が震えていた。
見かねた金原が、お浜から湯飲みを受け取り、櫻子の側に置いた。そして、濡れた体を拭いて、着替えを手伝えと、お浜に言いつけたが……。
「お浜、龍の言ったことは、関係ない。昔は、昔だろう?今は、こいつの世話をしてやってくれ」
と、ゆっくりとした口調で、やはり、含みをもたせた言葉をお浜へかけたのだった。
「俺は、着替える。とりあえず、落ちついたら、寝室へ連れて行ってやってくれ」
お浜が、薪を焚きつけすぎたお陰で、熱湯風呂になった。
浸かっていた櫻子は、のぼせて、のびてしまった。もう少しで、湯船の中へ沈みこむ所を、金原が、抱き上げ助け出した訳で、当然、洋服は、濡れそぼっている。
「ああ、ドレスを作らんといかん。夫婦同伴で、出かけるからな。お浜、その準備も頼んだぞ」
金原は、なぜか、この場とは関係のない事を言うと、着替えに向かった。
お浜は、やる気になったのか、勢い良く、はい、と、答えてはいるが、その面持ちは、どこか沈んでいた。