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フミノンとの邂逅、めっちゃ良かった…!湊たちが「有名人と歩く」緊張から、だんだん自然な会話に変わっていく流れが丁寧で、すごく引き込まれた。特に「現実では誰も振り返らない自分」と「Linkcityでは三百万人都合のフミノン」のギャップ──あれ、本当に心に刺さる。「どっちも私」って言い切る強さ、かっこよかったです。結衣の「どっちが本当の自分?」って質問も核心ついてて、答える前の間がたまらなかった。今週も素敵なエピソードをありがとうございます🌙
第8話 もう一人の私
午後六時四十分。
立花湊は、Linkcityの駅前広場で人を待っていた。
待ち合わせ時刻は七時。
まだ二十分ある。
それでも広場へ来たのには理由があった。
今日は少し変わった待ち合わせだった。
相手の顔を知らない。
いや。
知っている。
Linkcityでの顔なら。
湊は友人一覧を開いた。
宮原結衣。
接続中。
新堂理央。
接続中。
そして。
フミノン。
接続中。
プロフィール画像には、腰近くまで伸びた紫色の髪を持つ女性型アバターが映っている。
黄緑の瞳。
頭には小さな鳥のアクセサリー。
フォロワー。
三百八十二万人。
湊は数字を見て、もう一度閉じた。
何度見ても多い。
フミノン。
Linkcityではかなり有名な人物だった。
旅行ワールド。
個人制作ワールド。
期間限定イベント。
変わった店。
知られていない小規模施設。
そうした場所を巡り、動画サイトで紹介している。
第6話で訪れたような小さな個人ワールドが、フミノンの動画をきっかけに利用者を増やしたこともある。
そのフミノンから。
先週。
湊へ連絡が来た。
一緒にLinkcityを歩きませんか。
最初は偽物だと思った。
認証表示を三回確認した。
本物だった。
湊が以前公開したLinkcity案内の投稿を見たらしい。
今日は、その撮影。
「早いね」
後ろから声。
振り返る。
長い紫色の髪。
黄色の上着。
グレーのスカート。
結衣だった。
「お前も早いじゃん」
「有名人来るんでしょ?」
「来る」
「フミノンだよね?」
「そう」
「本物?」
「認証付いてる」
「そっくりアバターとかじゃなく?」
「本人」
42
羽海汐遠
15,673
しがない佃煮
44
るる太📱⚡🐼
14
「すご」
結衣が湊の横に立つ。
「私も動画入っていいの?」
「許可もらってる」
「理央は?」
「来るって」
「まだ?」
「あと十五分ある」
二人は広場を眺めた。
人が多い。
仕事帰りの利用者が増える時間。
Linkcityの駅といっても、現実の鉄道とは少し違う。
ワールド間を移動する転送路線。
目的地を選び、車両型の移動空間へ乗る。
瞬間移動もできるが、景色を見ながら移動したい人向けに列車型サービスが残っている。
今日はそれを使う予定だった。
午後六時四十八分。
理央が来た。
灰色の短い髪。
モカ色のシャツ。
「まだ?」
「まだ」
「緊張してる?」
結衣が聞く。
「別に」
「私はちょっとしてる」
「何で結衣が」
「三百万人だよ?」
「人数と話すわけじゃない」
「でも三百万人が知ってる顔だよ」
午後六時五十四分。
広場が少しざわついた。
湊が顔を上げる。
遠く。
一人のアバターが歩いてくる。
腰近くまで伸びた紫色の髪。
黄緑の瞳。
黄色と紫を組み合わせた上着。
グレーのパンツ。
頭に小さな鳥。
結衣が小声で言う。
「来た」
「来たな」
フミノン。
八木沢文乃。
歩いているだけなのに、周囲の何人かが気づく。
「あれ、フミノンじゃない?」
「本当だ」
「撮影?」
「鳥付いてる」
文乃は軽く手を振りながら歩いてきた。
「こんばんは」
「こんばんは」
「今日はありがとうございます」
「こちらこそ」
湊が頭を下げる。
文乃は笑った。
「そんな固くならなくても大丈夫ですよ」
「いや、普通です」
「普通の人はそんなに背筋伸びません」
結衣が横から言った。
「言うなよ」
「やっぱり緊張してるじゃん」
文乃が笑う。
声は動画で聞く声と同じだった。
表情も。
手の動きも。
話すときに少し首を傾ける癖も。
動画で見たフミノンそのもの。
「宮原さんと新堂さんですね」
「はい」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
結衣は一瞬、文乃の頭を見る。
小さな鳥。
「これ」
「気になります?」
「ちょっと」
「動きますよ」
文乃が頭を軽く傾ける。
鳥が羽を動かした。
「かわいい」
「昔から使ってるんです」
「何年くらい?」
「四年ですね」
「長い」
「今さら外せなくなりました」
文乃が鳥を指差す。
「これがないと、フミノンじゃないって言われます」
「そんなに?」
「以前、一回だけ外して動画を撮ったら」
「はい」
「コメントが鳥どこ行った、で埋まりました」
「内容じゃないんだ」
「十五分の動画なのに、鳥の話ばかりでした」
四人で笑う。
湊の緊張も少し抜けた。
午後七時。
撮影開始。
文乃が小さな撮影用カメラを起動する。
球体型のカメラが少し離れた位置へ浮かぶ。
「今日はLinkcityの日常を歩いてみます。案内してくれるのは、立花湊さんです」
湊へカメラが向く。
「どうも」
「普通ですね」
結衣が言う。
「何すればいいんだよ」
「いつもの案内でいいんですよ」
文乃が笑う。
「今日は有名な場所じゃなくて、普段使っているところへ行きたいです」
「じゃあ、駅から商業区へ行きましょうか」
「お願いします」
四人は駅へ入った。
改札のような入口。
行き先を選択。
商業区。
転送列車が到着する。
中へ入る。
座席へ座る。
窓の外にはLinkcityの街が流れる。
実際にすべての距離を移動しているわけではない。
移動演出。
それでも、利用者には人気がある。
文乃が窓の外を見る。
「これ好きなんですよ」
「瞬間移動使わないんですか?」
湊が聞く。
「撮影じゃない日は使います」
「使うんだ」
「急いでいるときは普通に使いますよ」
結衣が笑う。
「なんか安心した」
「何が?」
「フミノンって、ずっと景色見ながら移動してそうだから」
「そんな生活してたら仕事終わりません」
「現実的だ」
「Linkcityでも時間は時間です」
列車が進む。
文乃は撮影を続ける。
その途中。
向かいの座席にいた利用者が文乃を見た。
一度。
二度。
プロフィールを確認。
「あの」
「はい」
「フミノンさんですか?」
「そうです」
「いつも見てます」
「ありがとうございます」
利用者が嬉しそうに近づく。
「一緒に撮ってもいいですか?」
「どうぞ」
二人が並ぶ。
記念撮影。
利用者は何度も頭を下げてから、自分の席へ戻った。
結衣が小声で言う。
「すご」
「よくあります?」
湊が聞く。
「ありますね」
「現実でも?」
「現実?」
文乃が少し考えた。
「ないです」
「ない?」
「一回もないです」
「一回も?」
「たぶん」
結衣が目を丸くする。
「三百万人いるのに?」
「知ってるのはこっちの顔ですから」
文乃が自分の頬を指差す。
「現実の私を見ても、誰もフミノンだとは思わないですよ」
「顔を公開してないんですか?」
「してません」
「声で分からない?」
「現実で突然知らない人の声を聞いて、フミノンだって思います?」
「思わないかも」
「でしょう?」
文乃は笑った。
列車が商業区へ到着する。
駅を出る。
大通り。
店。
広告。
飲食施設。
衣装店。
家具。
ゲーム。
現実配送商品。
仮想商品。
大量の人。
文乃が歩く。
数分に一度。
誰かが気づく。
手を振る。
写真を頼む。
おすすめワールドを聞く。
文乃も慣れている。
短く話す。
手を振る。
撮影へ戻る。
湊はその様子を横で見ていた。
「毎日こんな感じですか?」
「人が多いところだと」
「大変そう」
「慣れました」
文乃が立ち止まる。
「でも不思議ですよ」
「何が?」
「現実では、誰にも知られてないので」
その言葉は軽かった。
深刻そうでもない。
寂しそうでもない。
ただ。
事実を言っているようだった。
四人は小さなカフェへ入った。
撮影を一度止める。
丸いテーブル。
四人で座る。
結衣がメニューを眺める。
「休憩?」
「休憩です」
文乃が言う。
「現実側で飲み物取ってきます」
「了解です」
文乃のアバターが一時離席状態になる。
動きが止まる。
一分ほど。
戻る。
「お待たせしました」
「何飲んでるんですか?」
結衣が聞く。
「麦茶」
「急に現実感ある」
「何を飲むと思ってたんですか」
「なんかすごいの」
「すごい飲み物って何ですか」
また笑う。
湊も現実側の机へ手を伸ばす。
指先がコントローラーから離れる。
冷たい麦茶。
一口。
画面の中では。
黄緑のシャツを着た自分のアバターが座っている。
現実側では。
灰色の部屋着。
机。
キーボード。
マウス。
コントローラー。
飲み物。
少し離れた場所には、脱いだ靴下。
湊は一瞬それを見る。
Linkcity側へ視線を戻す。
そこには整った自分。
文乃も同じなのだろうか。
「聞いていいですか?」
湊が言う。
「どうぞ」
「現実では、どんな感じなんですか?」
文乃が少し笑った。
「すごく普通ですよ」
「どれくらい普通?」
「四十八歳。会社員。眼鏡。家では楽な服。髪は茶色で短め」
「四十八?」
結衣が驚く。
「はい」
「もっと若いと思ってました」
「こっちは若いので」
文乃が自分のアバターを指す。
「年齢、隠してたわけじゃないですよ。プロフィールにも書いてあります」
「見てなかった」
「みんなアバターしか見てないですからね」
湊がプロフィールを開く。
確かに。
八木沢文乃。
四十八歳。
表示されている。
その上に大きく。
フミノン。
プロフィール画像は今目の前にいるアバター。
「本当だ」
「でしょう?」
理央が聞く。
「アバターを若くした理由ってあるんですか?」
「最初は生成AIに作ってもらったんです」
「プロンプト?」
「そうです」
文乃が昔の制作履歴を開く。
四年前。
初期アバター。
今とほとんど同じ。
紫色の長い髪。
黄緑の瞳。
ただし服装や細部が少し違う。
「旅行ワールドを歩くのに似合う、明るくて覚えやすい姿にしてくださいって」
「それでこれ?」
「最初は鳥いなかったんです」
「鳥は?」
「後から付けました」
「なんで?」
「かわいかったから」
「単純」
「そういうものですよ」
文乃が初期アバターを回転させる。
「最初は、この姿が有名になるなんて考えてませんでした」
「何人くらいから始めたんですか?」
「最初の動画、再生数三十四です」
「三十四?」
「はい」
「今三百万人なのに?」
「最初から三百万人だったら怖いですよ」
湊が笑う。
「それもそうか」
文乃は履歴を送る。
三十四。
百二十。
八百。
一万。
十万。
少しずつ増える。
その間。
アバターも少しずつ変わっている。
服。
髪。
表情。
動作。
でも。
基本的な姿は同じ。
「変えようと思ったことは?」
結衣が聞く。
「ありますよ」
「いつ?」
「二年前」
文乃が別のアバターを出す。
短い緑の髪。
ベージュの上着。
今とはかなり違う。
「一週間だけ使いました」
「知らない」
「不評だったので戻しました」
「なんて言われた?」
「フミノンどこ行った」
「また?」
「またです」
結衣が笑う。
文乃も笑った。
でも。
湊は少し引っかかった。
「自分のアバターなのに、変えられないんですか?」
「変えられますよ」
「でも変えたら、フミノンじゃないって言われる」
「そうですね」
文乃が自分の手を見る。
細い指。
現実とは違う手。
「だから変えない」
「嫌じゃないですか?」
「今は好きなので」
少し間。
「でも、面白いとは思います」
「何が?」
「私が作った姿なのに、途中から私だけのものじゃなくなったこと」
湊は前回の奏太を思い出した。
人気になったワールド。
制作者だけの場所ではなくなる。
似ている。
文乃はアバター。
奏太はワールド。
作ったものが知られる。
知られれば知られるほど。
見る側の記憶にも入っていく。
「現実の自分より有名って、変な感じしません?」
湊が聞いた。
「最初はしました」
文乃が答える。
「会社では八木沢さん」
「はい」
「Linkcityではフミノン」
「はい」
「会社の人は知ってるんですか?」
「一部だけ」
「街ですれ違っても?」
「誰も気づきません」
文乃が笑う。
「現実の商店で、私の動画を見ながら買い物してる人の隣にいたことがあります」
「え?」
結衣が身を乗り出す。
「本当に?」
「本当です」
「声でバレなかった?」
「話してませんから」
「その人、何見てたんですか?」
「旅行ワールド紹介」
「自分の動画を見てる人の隣に本人がいるの?」
「いました」
「声かけなかった?」
「かけませんよ」
「私なら言いたい」
「言ってどうするんですか」
「それ私ですって」
「びっくりしますよ」
文乃が笑う。
「むしろ楽しかったです」
「何が?」
「私を知らないんですよ、その人」
「動画は知ってるのに?」
「フミノンは知ってる。でも八木沢文乃は知らない」
文乃が自分の胸を軽く指す。
「こっちは知ってる」
次に。
Linkcityのアバターを指す。
「現実の私は知らない」
「どっちも同じ人なのに」
結衣が言った。
「そうなんです」
撮影を再開する。
四人はカフェを出た。
次は衣装街。
Linkcity専用衣装が並ぶ区域。
文乃が歩くと、店員AIがすぐ反応する。
「フミノンさん向けの新着があります」
「私向け?」
「過去の使用傾向から選択しました」
何着もの衣装が表示される。
紫。
黄色。
黄緑。
普段の文乃に近い組み合わせ。
「AIまでフミノンを知ってる」
結衣が言う。
「購入履歴を知ってるだけです」
「でも現実の服は?」
「全然違います」
「どんな?」
「ベージュとか茶色が多いですね」
「こっちと違う」
「Linkcityで同じにする必要ないでしょう?」
文乃が試着する。
衣装が切り替わる。
周囲の利用者が気づく。
「あ、フミノン」
「新衣装?」
「撮影してる」
文乃が元へ戻す。
「これが一番落ち着きますね」
「見慣れてるから?」
「たぶん」
湊も見慣れていた。
今日初めて直接会ったのに。
何年も動画で見ている。
だから。
初対面という感じが薄い。
ふと。
湊は自分のアバターを見る。
淡い茶色の髪。
黄緑のシャツ。
灰色のジャケット。
茶色のパンツ。
現実の自分と大きくは違わない。
でも。
少し背が高い。
髪も整っている。
服も毎日きちんとしている。
疲れた顔にもならない。
現実側では部屋着。
髪も朝から適当。
「俺も違うな」
「何が?」
理央が聞く。
「現実とこっち」
「今さら?」
「今さら」
結衣が自分を指す。
「私はかなり違うよ」
「紫の髪だしな」
「現実でこれやったら大変そう」
「Linkcityなら一秒」
「そう」
結衣がアバター編集を開く。
髪型を変える。
元へ戻す。
「でも、これが私って知ってる人いるんだよね」
「俺とか」
「そう」
「現実の顔も知ってるけど」
「でもLinkcityで会うときは、こっちでしょ?」
「そうだな」
結衣が少し笑う。
「じゃあ、こっちも私じゃん」
文乃がそれを聞いていた。
「私はそう思ってます」
「フミノンも?」
「はい」
四人は衣装街を抜ける。
夕方の設定だった街が、ゆっくり夜へ変わる。
建物の照明。
広告。
歩くアバター。
現実には存在しない姿が何千人もいる。
その一つ一つの向こうに。
現実の人がいる。
でも。
ここで知り合った相手なら。
最初に覚えるのはこちらの姿。
現実の姿を一生知らないことさえある。
「昔は」
文乃が歩きながら言った。
「アバターって、自分の代わりだと思ってたんです」
「代わり?」
「現実の私がLinkcityへ入れないから、代わりにこの姿を置いてる感じ」
「今は?」
「違いますね」
文乃が自分の手を動かす。
カメラとセンサーが現実側の動きを読み取る。
指。
腕。
顔。
視線。
口。
姿勢。
現実の文乃が笑えば。
フミノンも笑う。
「これは私の代わりじゃなくて」
文乃が言った。
「Linkcityにいるときの私です」
湊は何も言わなかった。
その方がしっくりきた。
偽物ではない。
別人でもない。
現実を捨てているわけでもない。
Linkcityで生活するとき。
この姿になる。
それだけ。
駅へ戻る。
撮影終了。
文乃がカメラを停止する。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
「動画、来週くらいに出します」
「俺たち映って大丈夫かな」
「確認用を先に送ります」
「お願いします」
結衣が文乃を見る。
「一個聞いていいですか?」
「どうぞ」
「現実の自分とフミノン、どっちが本当の自分ですか?」
湊が結衣を見る。
かなり直接的な質問。
でも。
文乃は困らなかった。
少しだけ考えた。
「どっちもですよ」
「やっぱり?」
「会社で働いてる私も」
文乃が言う。
「家で麦茶飲んでる私も」
結衣が笑う。
「そこ入るんだ」
「大事ですよ」
「はい」
「それから」
文乃が自分のアバターを見る。
紫色の長い髪。
黄緑の瞳。
頭の鳥。
「三百万人に知られてるフミノンも」
少し笑う。
「全部、私です」
その直後。
後ろから声。
「フミノン!」
文乃が振り返る。
二人の利用者が手を振っている。
「いつも見てます!」
「ありがとうございます!」
文乃も手を振り返す。
頭の鳥が羽を動かす。
二人は嬉しそうに去っていく。
「ほら」
文乃が言った。
「こっちの私の方が有名でしょう?」
結衣が笑った。
「圧倒的に」
「現実では誰も振り返りません」
「それも楽しそう」
「楽ですよ」
文乃が転送画面を開く。
「じゃあ、今日はここで」
「ありがとうございました」
「また」
「今度は旅行ワールド行きましょう」
「ぜひ」
文乃が転送される。
紫色の髪。
黄緑の瞳。
頭の小さな鳥。
フミノンの姿が消えた。
湊はしばらく、その場所を見ていた。
三百万人が知っている姿。
けれど。
現実の八木沢文乃を知る人は、その何分の一だろう。
それを変だと思う必要もないのかもしれない。
湊は自分の手を見る。
Linkcityの手。
現実の手とは少し違う。
でも。
動かしているのは自分。
歩いているのも。
話しているのも。
笑っているのも。
自分だった。
結衣が横から覗く。
「何してるの?」
「いや」
「手見てた」
「ちょっと考えてた」
「珍しい」
「失礼だな」
理央が駅へ歩き始める。
「帰る?」
「帰る」
「瞬間移動?」
結衣が聞く。
「列車でいいんじゃない?」
湊が答える。
「時間かかるよ」
「今日はいいよ」
三人は列車へ乗った。
座席。
窓。
街が動き始める。
湊の視界に通知。
動画撮影参加。
プロフィール表示。
立花湊。
その横。
自分のアバター。
淡い茶色の髪。
黄緑のシャツ。
灰色のジャケット。
いつも見ている姿。
湊はプロフィール画像を少し眺めた。
現実の自分より。
Linkcityで知り合った人たちは、この顔を先に思い出す。
会社でも。
旅行でも。
ゲームでも。
買い物でも。
この姿で会っている。
もう一人の自分。
そう呼べば、別人がいるように聞こえる。
でも。
たぶん違う。
現実で生活する自分。
Linkcityで生活する自分。
場所によって姿が違うだけ。
窓の外を、巨大な街が流れていく。
何千人ものアバター。
動物の姿。
機械の姿。
人間に近い姿。
現実ではあり得ない体格。
変わった髪。
奇妙な服。
その中には。
現実の姿より有名になった者もいる。
現実の名前より、アバター名で呼ばれる者もいる。
現実の顔を知らない友人がいる者もいる。
だからといって。
その人が偽物になるわけではない。
結衣が隣で言った。
「フミノン、本当に四十八歳なんだ」
「まだそこ?」
「びっくりしたから」
「プロフィール見ろよ」
「アバター見てた」
「みんなそうなんだろうな」
列車が進む。
湊はもう一度、自分のプロフィールを開いた。
現実に近い顔。
少し違う身体。
何百時間も使ってきた姿。
そして。
閉じた。
わざわざ、どちらが本物なのか決める必要はない。
Linkcityにいる今。
この顔で笑えばいい。
現実へ戻れば。
いつもの部屋着で麦茶でも飲めばいい。
どちらにも。
立花湊はいる。
列車は静かに、次の駅へ入っていった。