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第十章 白霧山の彼方へ
第七話 山の隠れ家
洞窟の外では相変わらず激しい雨音が響いていた。
だが先ほどまでの命の危険を感じるような嵐の中に比べれば、今居るここはようやく落ち着いて息をつける場所だった。
しかし濡れた身体から、じわじわと冷えが広がっていく。
「……さっむ」
ダイチが肩を震わせる。
髪からぽたぽたと雫が落ち、服は完全に水を吸っていた。
「とりあえず着替えやな……」
シュンタが荷物を下ろしながら言う。
「荷物、無事?」
ジントが心配そうに覗き込む。
するとシュンタは得意げに胸を張った。
「ふっふっふ」
ばん、と荷物を叩く。
「旅慣れしとる男を舐めたらあかんで?」
ごそごそと荷を開ける。
中から現れたのは、まったく濡れていない布袋だった。
「おお!」
ダイチが目を輝かせる。
「防水加工や」
「そんなのあるんや!?」
「商団特製やで」
シュンタはどこか誇らしげだった。
「しかもな」
さらに荷物を漁り始める。
「じゃーん」
取り出したのは、
小さな赤と緑の魔石が埋め込まれた箱型の魔道具。
「なんやそれ?」
「簡易乾燥機〜」
「は??」
ダイチが真顔になる。
シュンタは楽しそうに説明した。
「火と風の属性魔石を使っとるんよ。近くに置いといたら、温かい風が出るねん」
「めっちゃ便利やん!!」
「せやろ?」
ハヤトも少し感心したように器具を見る。
「商団の技術は本当に面白いな」
「旅先で服乾かんかったら死活問題やからなぁ」
シュンタは慣れた手つきで魔導具へ魔力を流した。
すると。
ほんのり暖かな風が洞窟内へ広がっていく。
「わぁ……」
ジントが少し嬉しそうに目を細めた。
「すごい……」
「ジント、そこ座っとき」
ダイチが乾燥機の前を指差す。
「お前、くしゃみまでしとったし」
「え、でも……」
「いいから」
半ば強引に座らされ、ジントは困ったように笑った。
暖かな風が、冷えた身体を少しずつ包んでいく。
洞窟の中にいるはずなのに、そこだけは小さな部屋のような安心感があった。
一方。
「問題は着替えやな」
ダイチが辺りを見回す。
洞窟内とはいえ、互いを遮るものはない。
「どうする?」
「別に男しかおらんし、気にせんでええやろ」
シュンタがあっさり言う。
「いや、お前はもうちょい気にしろ」
「なんでやねん」
そんなやり取りをしながら、
それぞれ荷物から着替えを取り出し始める。
その時。
「……っ」
ジュウタロウが濡れた上着を脱いだ瞬間、ダイチが思わず声を漏らした。
「うわっ、寒そう!!」
白い肌へ、うっすらと冷気が漂っているようだ。
「お前ほんま人間なん?」
「失礼だな」
「いや、なんかもう氷の精霊みたいやし……」
ジュウタロウは呆れたように息を吐いた。
その横で、シュンタは笑いながら濡れた髪をかき上げる。
「ダイちゃんもなかなかやで?」
「ん?」
「筋肉すご」
「見るな!!」
慌てて服を抱えるダイチ。
「え、今さら!?」
「今さらでもや!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。
その様子を見ていたジントは、思わず小さく吹き出した。
洞窟の中へようやくいつもの賑やかな空気が戻り始めていた。
外ではまだ、 白霧山の嵐が荒れ狂っている。
けれどこの小さな隠れ家だけは、五人にとって確かな安らぎの場所になっていた。
ーーー
全員着替えを済ませ、濡れた服はロープへ掛けて乾かす。
中央へ魔石灯を集め、五人は焚き火を囲むように座り込んでいた。
暖かな灯りが、洞窟の壁へゆらゆらと影を映している。
ハヤトは外の様子を見ながら静かに口を開いた。
「……このままここで朝を迎えることになりそうだな」
魔石灯の灯りが黄金の瞳に映る。
「朝にはこの嵐が去れば良いのだが……」
その言葉に、一瞬だけ空気が静かになる。
やがてジュウタロウが口を開いた。
「ジントは……この嵐にも何か感じるのか?」
「え?」
ジントは少し驚いたように顔を上げる。
そして洞窟の入り口を見つめながら考え込んだ。
「うーん……」
小さく唸る。
「やっぱり、俺たちのことを良くは思ってないような……」
その言葉に空気が少し重くなる。
「だからって、こんなんあんまりやろ!」
ダイチが不満そうに声を上げた。
「この先もこういうこと続いたら、正直キツいで」
「……確かにな」
ハヤトも表情を曇らせる。
白霧山。
そこへ足を踏み入れてから、山は明らかに彼らへ反応していた。
まるで、侵入を拒むように。
五人を試すように。
しばし沈黙が落ちる。
だがその時。
「……まぁ!」
シュンタがぱっと顔を上げた。
「考えてもしゃあないやん!」
明るい声が重くなりかけた空気を揺らす。
「腹減ったし、とりあえず飯にしよ!」
一瞬ぽかんとしていたダイチがすぐ吹き出した。
「お前ほんま切り替え早いな」
「生きる基本は飯や!」
「それはそうだな」
ハヤトも小さく笑う。
少しだけ空気が和らいだ。
それぞれ荷物を開き、食事の準備を始める。
洞窟の中では大きな火は使えない。
だがシュンタの持ってきた魔導具がここでも活躍していた。
「ほら見てみぃ」
小型の加熱器具へ魔力を込める。
すると、器具の中央が赤く光り始めた。
「わぁ……」
ジントが感心したように目を丸くする。
「便利だね」
「やろ?」
シュンタが得意げに笑った。
温められたスープから、ふわりと湯気が立ち上る。
焼いたパンの香ばしい匂いも、洞窟の中へ広がっていった。
「生き返る〜……」
ダイチが心底幸せそうな顔をする。
ジントは両手でスープの器を包み込み、冷えた指先を温めていた。
じんわりと熱が伝わってくる。
なんだかそれだけで少し安心した。
「……あったかい」
ぽつりと漏れた声に、ダイチが小さく笑う。
「ジント、猫みたいやな」
「どういう意味?」
「温かいもん抱えて幸せそうな顔しとる」
「してない」
「しとる」
また即答だった。
そんなやり取りを眺めながら、ジュウタロウがふと思い出したように口を開く。
「騎士団の訓練で、山へ入った時のことを思い出した」
一同の視線が向く。
「あの時も急な嵐へ巻き込まれた」
静かにスープを口へ運びながら続ける。
「近くの洞穴へ逃げ込み、こうして嵐が去るのを待ったことがある」
「へぇ〜……」
「氷点下だったからな」
ジュウタロウはさらりと言う。
「ここはまだマシだ」
そして、周囲へ置かれた魔導具を見る。
「それに便利な魔導具が色々あって助かる」
「なぁ!?」
シュンタが勢いよく顔を上げた。
「オレかなり役立っとるやろ!?」
「それは認める」
ハヤトが素直に頷く。
「旅慣れしてるだけあるな」
「ふっふっふ」
シュンタが得意げに胸を張った。
「それにしても、騎士団の訓練って過酷なんやな」
ダイチが感心したように言う。
「俺らも二人で旅してる時、色々あったで」
そう言って隣のジントと顔を見合わせた。
「一番キツかったんは、オレが腹壊して高熱出した時やな」
「うわぁ……」
「なんか幻覚まで見えて、ホンマ死ぬかと思った」
「あれはダイチが勝手に変なキノコ取って食べたからだろ」
ジントが即座に突っ込む。
「お前ほんまに貴族の坊っちゃんか?」
シュンタが呆れたように言った。
「いや、あの時は知らんかったんよ!」
ダイチが抗議する。
「ていうか、ジントもオレに色々毒見みたいなんさせるやん!」
「あれは毒見じゃなくて薬草の効果を確認してるの!」
「似たようなもんやろ!」
「違う!」
言い合う二人を見ながら、ハヤトがくすりと笑った。
「そういえばジントは、薬草や薬の知識が深いよな」
「昔から勉強していたのか?」
「うん」
ジントは少し懐かしそうに目を細めた。
「一緒に住んでた祖母に習ったんだ」
「薬屋をしてたからね」
「本も沢山あって、勝手に色々読んだなぁ」
静かな声で続ける。
「錬金術とか、古代文字とか、呪術とか……」
「呪術!?」
シュンタが思わず声を上げる。
「ジントのばあちゃん、ラディスの魔女って呼ばれてたな」
ダイチが懐かしそうに笑う。
「確かに魔女だよね」
ジントも少し笑った。
「へぇ〜!」
シュンタが興味津々で身を乗り出す。
「その薬屋めっちゃ気になるわぁ!」
「絶対秘薬とかあるやろ!?若返りの薬とか!」
「貴族に高く売れそうやわ〜」
完全に商人の顔だった。
「お前悪い顔しとるな…」
ダイチが呆れたように言う。
そのやり取りに、洞窟の中へ再び笑い声が広がった。
食後の余韻の中、それぞれが少し力を抜いて座り込んでいる。
その時。
「なぁハヤトって、昔からそんな感じやったん?」
ダイチがふと思い出したように口を開いた。
「そんな感じ?」
「なんかこう……」
ダイチは少し考える。
「しっかりしてて、何でもできそうで」
「“次期皇帝です”って感じ」
「確かに」
シュンタも頷いた。
「昔から落ち着いとったん?」
ハヤトは少し考えるように視線を上げる。
そして
「……いや、そうでもないぞ」
少しだけ笑った。
「よく城を抜け出していたからな」
一瞬、空気が止まる。
「え?」
「なんで?」
ダイチが目を丸くする。
「皇子が?」
「ああ」
ハヤトはどこか懐かしそうに笑った。
「帝都が楽しそうだったからな」
「普通のガキやん……」
「好奇心は強かった」
「今もやろ」
シュンタがすぐに突っ込む。
「禁書とか古代遺跡の話になると、
めっちゃ目キラキラしとるし」
「そんなに分かりやすいか?」
「分かる」
今度はジントが静かに頷いた。
「古代文字読んでる時、 ハヤトすごく楽しそう」
ハヤトは少し驚いた顔をした後、 苦笑した。
「……否定できないな」
「やっぱり」
ジントが小さく笑う。
その様子を見て、
シュンタがふと思い出したように口を開いた。
「そういやハヤちゃん」
「昔オレと祭りで会った時も、
めっちゃ楽しそうにしとったよな」
「あぁ……」
ハヤトもすぐに思い出したように笑う。
「え、何それ」
ダイチが食い付く。
「オレ、子供の頃に商団と帝都来とったんよ」
シュンタは懐かしそうに続ける。
「建国祭で大道芸やっとったら、裏路地でハヤちゃんと会ってん」
「その時のハヤちゃん、城抜け出してきてたんよな」
「ああ」
ハヤトが肩を竦める。
「城下の祭りが楽しそうだったからな」
「そしたらなんか、めっちゃ育ち良さそうな坊ちゃんおって」
シュンタが笑う。
「けどめっちゃ疲れた顔しとった」
「そんな顔していたか?」
「してたしてた」
「その時からシュンタは普通に話しかけてきたよな」
ハヤトが笑う。
「“あんた皇族やろ”って」
「うわ、言いそう」
ダイチが吹き出す。
「怖いもの知らずやな」
「子供やったからな!」
シュンタが胸を張る。
洞窟へ笑い声が広がった。
その時。
「……お前達だけではない」
ジュウタロウがぽつりと口を開いた。
一同の視線が向く。
「俺も昔、城を抜け出したことがある」
「えっ!?」
今度はシュンタが驚く番だった。
「ジュウタロウが!?」
「ああ」
ジュウタロウは少し視線を落とす。
「城にいることが苦しく感じて、一人で外へ出た」
「危なっ!?」
ダイチが即座に突っ込む。
「雪山へ行った」
「なんで山行くん!?」
洞窟へまた笑い声が響く。
「吹雪になって遭難しかけた」
「何しとんねん!」
シュンタが腹を抱えて笑う。
「その時、母上と騎士団が総出で探していたらしい」
「そらそうやろ!!」
シュンタが笑いながら言う。
「ジュウタロウも、子供の頃から無茶しとるやん!」
「……今思えば、かなり迷惑を掛けた」
「今思わんでもや」
ダイチが真顔で返す。
すると
「でもさ」
ジントがぽつりと呟いた。
「ダイチも大概だろ」
「え?」
「勉強嫌だって、よく屋敷抜け出して森に来てたじゃん」
「…………」
「えっ」
シュンタがにやにやする。
「ダイちゃんも?」
「いや〜……」
珍しくダイチが視線を逸らした。
「家庭教師の話長いし、座ってるの苦手やってん……」
「それで窓から逃げてきてた」
ジントがさらっと言う。
「お前覚えとるなぁ!?」
「毎回、“また逃げてきたの?”って聞いたら」
ジントは少し笑った。
「ダイチは堂々と笑って頷いてた」
「なんか嫌な記憶掘り返されとる!」
ダイチが頭を抱える。
「ほんで二人で森遊び回っとったん?」
「うん」
ジントは少し懐かしそうに目を細める。
「薬草探したり、川で魚捕まえたり」
「あとダイチ、学校もよく抜け出してたよね」
「それ言うな!!」
顔を赤くするダイチ。
洞窟の中へ笑い声が広がる。
そして最後にシュンタが腹を抱えながら言った。
「いや待って!?」
「みんな抜け出しすぎやろ!!」
一瞬静まり返った後。
洞窟へ、今日一番大きな笑い声が響いた。
コメント
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あー、めっちゃ良い回だったわ……! 冒頭の洞窟で着替えるシーン、みんなの個性が一気に出てて笑った。特にダイチが「見るな!!」って叫ぶとことか、シュンタの「今さら!?」って返しがテンポ良くて好き。あと、それぞれの「抜け出しエピソード」で全員が実は無茶してたって判明したの、なんか仲間感あってほっこりしたわ。山の冷たさと魔導具の温かさの対比も、読んでて心地よかった🔥