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第十三章 繋がる願い
第三話 止まらない鼓動
規則的な揺れの中で、ジントの意識はゆっくりと浮上した。
——……っ……
鈍い頭痛。
揺れる視界。
鼻をつく干し草と土の匂い。
身体の下に感じる硬い木板。
ーー荷馬車だ。
ぼやける視界のまま身じろぎした瞬間、両腕に鋭い痛みが走る。
「……っ」
後ろ手に縛られている。
口元にも布。
呼吸が浅くなる。
さらに足元へ意識を向ける。
足首にも縄が巻かれていた。
だが、手ほどきつくはない。
歩けないようにするための、簡単な拘束。
ジントは咄嗟に周囲を見回した。
薄い布越しに光が差し込んでいる。
馬車は一定の速度で走り続けていた。
ガタガタと車輪が地面を回る音。
馬の蹄の音。
そして、人の気配。
「目が覚めたようですね」
低い声。
向かい側に座っていた白装束の男が、静かにジントを見ていた。
森での襲撃。
宿屋襲撃事件。
記憶が一気に蘇る。
ジントの肩がビクリと震えた。
男は淡々と続ける。
「安心してください。危害を加えるつもりはありません」
その言葉に、ジントは反射的に男を睨みつけた。
男の感情が流れ込んでくる。
冷たい義務感。
嫌悪。
そして異常な執着。
吐き気がする。
ジントは視線を逸らした。
その様子を見ながら、別の男が鼻で笑う。
「随分怯えているな」
「仕方ありませんよ。まだ子供です」
まるで物のように交わされる会話。
ジントは唇を噛む。
怖い。
逃げたい。
ーーダイチ。
頭に浮かんだ名前に、胸の奥が苦しくなった。
今頃きっと、薬屋に来ている。
帰ってこない自分を探しているかもしれない。
そう考えていると、白装束の男達の会話が耳に入った。
「東門まで、あとどのくらいだ」
「一時間ほどです。」
「随分時間が掛かるな」
少し苛立ったような声。
「変に急ぐと怪しまれますからね。
でも、日が落ちる前には街を出られるでしょう」
東門。
ジントは布の下で唇をきゅっと噛み締める。
——まだ……ラディスの中だ。
胸の奥で、小さな希望が灯った。
男達はまだ気づいていない。
ジントは静かに視線を落とす。
荷台。
積まれた木箱。
布の隙間。
揺れ。
足元の拘束は簡単なものだ。
うまくいけば。
ーー逃げられるかもしれない。
微かに速くなる鼓動を押さえながら、ジントは悟られないよう小さく息を飲み込んだ。
荷馬車は大きく揺れながら、石畳の道を進んでいた。
外から聞こえる喧騒が少しずつ増えていく。
人の声。
荷車の音。
商人達の呼び込み。
東門前の市場だ。
ジントは静かに目を伏せた。
足元へ意識を向ける。
ブーツの上から足首に巻かれた縄。
歩けないようにするための簡単な拘束。
強く引いても外れない。
だが。
荷馬車の揺れ。
車輪が石畳の隙間を越えるたび、
身体が僅かに浮く。
ジントは悟られないよう、少しずつ足を動かした。
縄を擦る。
何度も。
何度も。
痛みが走る。
それでも止めない。
今逃げなければ、もう機会はない。
ガタンッ。
大きく荷台が揺れた。
その瞬間。
するっと足首の縄が緩んだ。
だが完全に外れたわけではない。
ジントは荷馬車の揺れに合わせて、そっとブーツから足を引き抜く。
片足ずつ。
ゆっくりと。
そして冷たい木板の感触を足裏に感じると、小さく息を吐く。
裸足でも。
逃げる。
「止まれ」
外から門番の声が聞こえる。
馬が嘶き、荷馬車がゆっくり速度を落とした。
白装束の男の一人が立ち上がる。
「布を」
「ああ」
別の男が、ジントへ黒い布を被せようと手を伸ばした。
その瞬間だった。
——今しかない!
ジントは咄嗟に身体を捻り起こした。
ガンッ!!
積まれていた木箱へ肩から体当たりする。
ガタガタっと木箱が荷台に崩れる。
突然の衝撃に、男達の身体が揺れた。
「何——!?」
ジントはその隙に、半ば無理やり後方の布の間から、荷台の外へ身を投げ出した。
次の瞬間。
視界が激しく回転する。
「うっ……!!」
地面へ叩きつけられる。
肩に鈍い痛み。
息が詰まる。
だが止まれない。
ジントはすぐに身体を起こした。
まだ手首には縄が食い込んでいる。
口も塞がれたまま。
それでも立ち上がり、走った。
裸足の足裏に、冷たい石畳の感触が伝わる。
小さな石が食い込む。
痛い。
けれど、止まれない。
「逃げたぞ!!」
背後で怒声が飛ぶ。
周囲がざわついた。
市場の人々が驚いたように振り返る。
ジントは人混みへ飛び込んだ。
肩がぶつかる。
何度も転びそうになる。
視界が揺れる。
呼吸が苦しい。
昼の魔法の影響がまだ残っていた。
肺が焼けるように痛い。
それでも足を止めなかった。
——捕まりたくない。
頭の中は、それだけだった。
夕暮れの市場を駆け抜ける。
果物の籠。
吊るされた布。
荷運びの男達。
裸足のまま、人々の隙間を縫うように走る。
いつもの静かな薬屋の道とは違う。
知らない声。
知らない匂い。
知らない視線。
それでも、帰らなければ。
ダイチのところへ。
その思いだけが、足を動かしていた。
だが後ろから迫る気配が消えない。
白装束の男達の姿は、人混みの中でも異様に目立つ。
「そこの黒髪を捕まえろ!」
その声に、周囲の視線が一気に集まる。
ジントの身体が強張った。
怖い。
捕まりたくない。
呼吸が乱れる。
目の前の角を曲がった瞬間。
足がもつれた。
「っ……!」
壁へ激しく肩をぶつけ、
そのまま路地裏へ転がり込む。
薄暗い細道。
汚れた壁。
湿った空気。
荒い呼吸だけが響く。
立たなきゃ。
逃げなきゃ。
そう思うのに、身体へ力が入らない。
視界が霞む。
遠くから足音が近づいてくる。
白装束の男達だ。
ジントは震える手で、必死に縄を擦った。
だが解けない。
足音が近づく。
もう駄目だ——
そう思った瞬間。
「おい」
低い男の声がした。
そして誰かの腕がジントの身体を強く引いた。
薄暗い建物の隙間へ、無理やり身体が引き込まれる。
そのまま口を塞がれ、壁へ押し付けられた。
「静かにしろ」
すぐ目の前。
鋭い目をした男が、ジントを睨んでいた。
コメント
2件
すごい迫力のあるお話でした! ダイチの元に帰らなきゃとこういった時にダイチのことを思い出すのがグッときますね。 続きもすごく気になります!
いやあ、もう息詰まる展開でしたね…! 逃走中のジントの裸足の感覚とか、縄を擦る痛みにまで意識が行ってる描写がすごくリアルで、こっちまで息が止まる思いでした。最後のあの引き込む男、味方なのかまた別の勢力なのか…。ダイチの名前が頭に浮かぶシーンに胸がぎゅっとなりました。次が気になって仕方ないです!
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