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第十章 白霧山の彼方へ
第三話 二人だけの会話
結局何度もあいこを繰り返した末に、ようやく見張りの順番が決まった。
「よっしゃ、決まりやな!」
シュンタが満足そうに頷く。
賑やかだった空気は、少しずつ夜の静けさへ溶けていった。
やがて最初の見張りの時間。
焚き火の前に残ったのは、ハヤトとシュンタだった。
他の三人は既に眠っている。
ダイチは寝転がってすぐに寝息を立て始め、ジントも毛布に包まるように静かに目を閉じていた。
ジュウタロウだけはしばらく起きていたようだが、今は白い髪を月明かりに照らされながら静かに眠っている。
ぱちり、と焚き火が弾けた。
森は静かだった。
昼間とは違う、夜特有の深い気配が辺りを包んでいる。
「……なんや、不思議やなぁ」
シュンタがぽつりと呟いた。
「何がだ?」
ハヤトが火を見つめたまま返す。
「いや、オレさ」
シュンタは膝を抱え、揺れる炎を見つめた。
「昔からずーっと、色んな人と色んな街旅してきたけど」
「皇子様と王子様と、田舎の貴族と、それから月蝕の子と焚き火囲む日が来るとは思わんかったわ」
ハヤトが小さく吹き出す。
「確かにな」
「しかもみんな普通に飯食って、じゃんけんして、笑っとるし」
「じゃんけんはお前が言い出したんだろう」
「まあな」
シュンタはケラケラと笑った。
その笑い声が止んだ後。
少しだけ、静かな時間が流れる。
やがて、シュンタがふと真面目な声を出した。
「……ハヤちゃんってさ」
「ん?」
「最初から、ジントのこと……危険やないって思っとったん?」
森の風が静かに木々を揺らした。
ハヤトは少し考えるように目を伏せる。
「……正直に言えば、分からなかった」
その声は静かだった。
「月蝕の子の伝承は、俺も昔から知っていたからな」
焚き火の火が紅い光を横顔へ映す。
「恐ろしい存在だと、ずっと教えられてきた」
シュンタは何も言わず、続きを待った。
「だが……」
ハヤトは眠っているジントへ視線を向ける。
毛布に包まり、どこか安心したように眠る横顔。
「帝都であいつを見ていて、思ったんだ」
「ジントは、人を傷つける存在ではないと」
小さく息を吐く。
「それに……なぜだかすごく惹かれるものがある」
シュンタが深く頷いた。
「わかるわぁ。なんやろな……」
静かに目を細める。
「危うい脆さみたいな……守らなあかん!て思わせる何かがあるんよな」
「ああ」
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ハヤトは苦笑する。
「自分を傷つけてでも、人を救おうとする優しさとか……」
炎が揺れる。
「とにかく放っておけない」
その光が、ハヤトの金の瞳を静かに照らしていた。
「だから俺は、知りたいと思った」
白霧山の方角を見つめながら、ハヤトは静かに言う。
「月蝕の子とは何なのか」
「ジントは何者なのか」
「そして……」
その先の言葉は、夜風に溶けるように小さかった。
「……本当に、ジントが望む未来へ辿り着けるのかを」
シュンタは少しだけ目を伏せた後、
ふっと笑う。
「大丈夫やろ」
軽い口調。
けれど、不思議と真っ直ぐな声だった。
「オレ、結構見る目あるねん」
「それは初耳だな」
「失礼やなぁ!」
シュンタが抗議する。
「商人は人を見る仕事なんやで?」
「……それで?」
伺うような目線を送る。
「ジントは絶対、悪いやつちゃうし」
迷いのない声だった。
「きっとオレ等は辿り着ける。
みんなが望む未来へな!」
シュンタは笑う。
ぱちり、と火が鳴った。
ハヤトは少し驚いたように目を瞬かせ、それから静かに笑った。
「ああ。……そうだな」
森の夜は深く冷たい。
けれどその焚き火の周りだけは、温かい空気に包まれていた。
しばらくして焚き火の火が小さくなり始めた頃、 ハヤトが静かに立ち上がった。
「そろそろ交代の時間だな」
「せやな」
シュンタも大きく伸びをする。
二人は寝床へ向かい、ダイチとジュウタロウに声を掛けた。
まだ眠そうに目を擦りながら、ダイチが焚き火の前へ腰を下ろす。
「んぁ〜……眠……」
「随分気の抜けた顔だな」
「起き抜けやねん、しゃーないやろ……」
ダイチは欠伸を噛み殺しながら、焚き火へ薪を放り込んだ。
ぱちり、と火が弾ける。
夜はすっかり深くなっていた。
森の空気も昼間よりずっと冷えている。
「……やっぱ夜は冷えるなぁ」
「これでもまだ暖かい方だ」
ジュウタロウは淡々と答える。
「フィルディアでは、この時期になると夜は氷点下まで下がる」
「うわぁ……絶対住めへん」
「慣れれば平気だ」
「その“慣れ”が無理やわ」
ダイチが肩を竦める。
ジュウタロウは小さく笑った。
その表情を見て、ダイチが少し驚いたように目を瞬かせる。
「……なんだ」
「いや」
ダイチは火を見つめながら言った。
「ジュウタロウ、最近よう笑うようになったな思て」
その言葉に、ジュウタロウは少しだけ目を細めた。
「そうか?」
「うん。最初会った時とか、めっちゃ怖かったで」
「お前が騒がしかったからでは?」
「なんでやねん!」
思わず吹き出すダイチ。
その笑い声が、静かな森へ小さく響いた。
しばらくして、ダイチがふと空を見上げる。
木々の隙間から白い月が見えていた。
「……オレさ」
珍しく、少し静かな声だった。
「最初、ジントとラディスを出た時、正直こんなことになるとは思ってなかったんよな」
ジュウタロウは何も言わず、静かに耳を傾ける。
「今思えば、あの時から全部始まっとったんやろなぁ」
焚き火の火が揺れる。
青い瞳が、赤く揺らめく。
「でもオレ、今も正直、世界救いたいとかそんな大層なこと考えてるわけじやない」
「……ああ」
「ただ」
ダイチは少し迷うように言葉を止めた。
「ジントに、ちゃんと笑っててほしい」
夜風が静かに吹き抜ける。
「子供の頃からずっと、あいつあんま笑わへんかったし……」
その声は、どこか悔しそうだった。
「……だから、せめてオレの前では普通に笑えたらええなって」
ジュウタロウは静かに目を伏せる。
それから、ぽつりと呟いた。
「お前は強いな」
「え?」
「誰かのために、そこまで真っ直ぐになれる」
ダイチは少し困ったように笑った。
「そんな大したもんちゃうって」
「いや」
ジュウタロウは静かに首を横へ振る。
「誰にでもできることではない」
その一言に、ダイチは少し目を伏せる。
ーー自分はただ一方的にジントを守りたい、傍にいたい、それだけなのに。
「まぁ……オレら幼馴染やし、これからもこんな感じで、ずっとおれたらなって」
ダイチはわざと明るく笑った。
すると、
「俺にも幼馴染と呼べる奴がいるが……」
ジュウタロウが遠くを見るように、ポツリと話し出した。
「あいつと俺は」
赤茶色の髪が脳裏に浮かぶ。
「お前たちのような関係ではないな」
「そ、それってどういう関係やねん!」
ダイチが慌てたような声を上げる。
ジュウタロウはふっと笑うと
「まず」
「そんなに距離が近くない」
冷静に答えていく。
「それから、いつでも傍にいるわけではない」
「あとは……」
「あーーーっ!!もうええって!」
真っ赤になって頭を抱える。
そんなダイチを見て目を細めるジュウタロウ。
そして
「……俺の幼馴染も、お前みたいに分かりやすくて、いつも笑っている」
遠くフィルディアを見るように、夜空を見上げた。
銀色の瞳に映る月は、まるで氷のように輝いていた。
しばらくの沈黙。
やがてダイチが顔を上げると、そこには見たことがないくらい穏やかな顔をしたジュウタロウがいた。
「なぁ……その人に会えなくて寂しくないん?」
ダイチの問いに、ジュウタロウは軽く笑う。
「今はお前たちがいるからな」
「毎日騒がしくて、寂しがる暇なんかないな」
「なんやそれ」
笑いがこぼれる。
そしてふと、真面目な顔で呟いた。
「オレも……今はジュウタロウ達がおって心強い」
「みんな、一人で背負うには重すぎるもんってあるもんな」
ジュウタロウは少し驚いたように目を瞬かせた後、静かに微笑んだ。
焚き火の火が、二人の横顔を静かに照らしていた。
コメント
1件
おお、第4話読んだよ! 今回めっちゃ良かった。なんかこう……焚き火の前での静かな会話がすごく染みた。ハヤトとシュンタがジントのこと語るシーン、特に「守らなあかん!て思わせる何か」ってとこ、めっちゃ分かる。あとダイチが「ジントにちゃんと笑っててほしい」って言うところ、泣きそうになったわ。それぞれのキャラがちゃんとジントのこと想ってて、でもそれを真夜中の焚き火ってシチュでさらっと出す感じがすごく自然で良かった。次も楽しみにしてる!