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教室のドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。放課後の光は斜めに差し込み、机の影が床に長く伸びている。
「ほら、今日のノルマ。逃げるなよ、遥」
誰かがそう言った。
誰か、なんて名前をつける意味もない。ただ、複数いた。三人、いや四人。声が重なる。笑い声と命令の声が交互に混じり合っていた。
遥は黒板の前に立たされていた。後ろ手に鞄を抱えたまま。
その背後から、教卓の上に誰かが飛び乗った音がして――すぐ、何かが投げつけられた。
チョーク。まだ新しい、折れていないやつ。
それが肩に当たり、白い粉が制服に散る。
「なーに震えてんの、かっこわりぃ~。あ、次、ここ当てたらどう? 耳とかさ」
また飛んでくる。避けない。いや、避けられない。
白と、笑いと、鈍い痛みと、音。ぜんぶが耳鳴りのように混ざって、頭の中を濁らせる。
「でさ、次はこれ、どう使うか考えてきた?」
机の上に置かれた、透明のビニール袋に詰められた何か。液体入りのペットボトル。見たくない。目を背けても、それは見せられる。
「先生いないから、試しにやってみようぜ? こないだの話、冗談じゃなかったしさ。お前が“その気”なら、証明してくれよ」
誰かが遥の腕を掴んで引っ張る。無理やり椅子に座らされ、制服のボタンを一つ外される。
「ほら、俺たち、ちゃんと“見届け人”してやるから」
嗤い声が飛ぶ。けしかける声。名前を連呼する声と、「変態」「役立たず」「見せろよ」のコールが混じり合って、教室の壁に跳ね返る。
遥は、じっと黙っていた。喉が焼けるように乾いていた。
抵抗しない。それがいちばん少ない痛みで済む方法だと、体が覚えていた。
けれど――その瞬間、不意に指が震えた。誰にも見えないほどの、微かな震え。
それを察した誰かが、吐き捨てるように笑った。
「……やっぱ気持ちわりぃな、お前」
その一言が、遥の中で何かを静かに削ぎ落としていった。
羞恥でも、怒りでもない。ただ、“人である感覚”が少しずつ、音を立てずに抜けていく。
外では蝉の声がしていた。
誰も来ない。誰も見ていない。
この空間だけが、音と光と痛みを持って――遥を塗りつぶしていた。