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#バトル
75
夜。
焚き火の小さな炎が、静かに揺れていた。
ぱち、ぱち、と薪の弾ける音。
その前で、人狼は黙って座っている。
「……」
向かいでは——
赤ずきんが、楽しそうに炎を見つめていた。
「きれーだね!」
「……火なんてどこにでもあるだろ」
「でもこれ、お兄さんがつけたやつだよ?」
にこっと笑う。
「なんか特別じゃない?」
「……意味わかんねぇ」
視線を逸らす。
その横顔を、赤ずきんはじっと見ていた。
「ねぇ」
不意に、声。
「さっきの人さ」
「……」
「助けたかった?」
——また、それか。
「……知らねぇって言っただろ」
ぶっきらぼうに返す。
だが少女は引かない。
「私はさ」
あっけらかんと言う。
「どっちでもよかったよ?」
炎に照らされた笑顔。
「壊れるなら壊れるで面白いし」
「……」
「壊れないなら、それも面白いし」
無邪気な声。
「だからさ」
顔を上げる。
「お兄さんがどうしたいのか、気になる」
——心臓が、少しだけ重くなる。
「……俺は」
言葉を探す。
喉の奥で引っかかる。
「俺は……」
その時。
——ガサッ。
森の奥から、物音。
二人の視線が同時に向く。
「……またかよ」
人狼は立ち上がった。
気配は一つ。
弱い。
隠れきれていない。
「出てこい」
低く言う。
しばらくの沈黙のあと——
「……ひっ」
小さな声。
現れたのは、一人の子供だった。
「……?」
赤ずきんが首をかしげる。
子供は震えている。
「た、助けて……」
今にも泣き出しそうな声。
「お父さんとお母さんが……帰ってこなくて……」
——胸がざわつく。
「……村の子か」
人狼が呟く。
「ば、化け物が出るって……聞いて……」
怯えた目で、こちらを見る。
その視線は——
まっすぐ、人狼に向いていた。
「……っ」
一瞬、息が詰まる。
(またかよ)
何もしていないのに。
それでも、恐れられる。
「……違う」
思わず漏れる。
だが子供は後ずさる。
「来ないで……!」
その反応に——
「……チッ」
人狼は顔をしかめた。
その時。
「ねぇ」
赤ずきんの声。
「この子、どうするの?」
——空気が変わる。
振り向くと。
赤ずきんが、いつもの笑顔で立っている。
「お腹すいてないけど」
さらっと言う。
「暇つぶしにはなるよ?」
子供がびくっと震える。
「や、やだ……」
涙がこぼれる。
「助けて……」
その声が——
耳に残る。
「……」
人狼は、目を閉じた。
(どうする)
放っておけばいい。
関わらなければいい。
それが一番楽だ。
(でも)
さっきの光景がよぎる。
止められなかった自分。
何もできなかった自分。
(……またか?)
ゆっくりと目を開ける。
赤ずきんを見る。
そして——子供を見る。
震えている。
壊れそうなほどに。
「……やめろ」
低く言った。
赤ずきんが、きょとんとする。
「え?」
「そいつに手ぇ出すな」
はっきりと。
今度は迷いなく。
「……」
赤ずきんは、少しだけ目を細めた。
「なんで?」
「……」
一歩、前に出る。
子供の前に立つように。
「俺が守る」
その言葉に。
自分で少し、驚いた。
「へぇ」
赤ずきんは笑う。
「そっか」
一歩、近づく。
「じゃあさ」
首をかしげる。
「私とその子、どっち守るの?」
——空気が凍る。
「……は?」
「だってさ」
くすっと笑う。
「両方は無理でしょ?」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「お兄さん、どっちも中途半端だし」
——図星だった。
「選んで?」
無邪気な声。
「私?」
「それとも——その子?」
背後で、子供が震えている。
前には、笑う怪物。
「……っ」
拳を握る。
逃げ場はない。
「……俺は」
息を吐く。
そして——
「そいつだ」
はっきりと言った。
一瞬の沈黙。
そして——
「そっか!」
赤ずきんは、嬉しそうに笑った。
「いいよ!」
あっさりと。
あまりにも簡単に。
「今日はやめとく!」
くるりと背を向ける。
「また今度ね!」
軽い足取りで、森の奥へ。
そのまま、消えていった。
「……は?」
あまりのあっさりさに、言葉が出ない。
「……なんなんだよ、あいつ」
力が抜ける。
その場に座り込む。
背後から、震える声。
「あ、あの……」
振り向くと、子供。
まだ怖がっているが——
少しだけ、目が違う。
「……大丈夫だ」
そう言うと。
子供は、少しだけ安心したように頷いた。
その様子を見て——
「……はぁ」
深く息を吐く。
(守った……のか?)
分からない。
でも——
さっきよりは、少しだけ。
胸のざわつきが小さい気がした。
その夜。
人狼は初めて——
“守る”という選択をした。
だが同時に。
赤ずきんは気づいていた。
——彼が「選べる」ようになったことに。
それがどんな意味を持つのかを。
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