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夜。
焚き火の小さな炎が、静かに揺れていた。
ぱち、ぱち、と薪の弾ける音。
その前で、人狼は黙って座っている。
「……」
向かいでは——
赤ずきんが、楽しそうに炎を見つめていた。
「きれーだね!」
「……火なんてどこにでもあるだろ」
「でもこれ、お兄さんがつけたやつだよ?」
にこっと笑う。
「なんか特別じゃない?」
「……意味わかんねぇ」
視線を逸らす。
その横顔を、赤ずきんはじっと見ていた。
「ねぇ」
不意に、声。
「さっきの人さ」
「……」
「助けたかった?」
——また、それか。
「……知らねぇって言っただろ」
ぶっきらぼうに返す。
だが少女は引かない。
「私はさ」
あっけらかんと言う。
「どっちでもよかったよ?」
炎に照らされた笑顔。
「壊れるなら壊れるで面白いし」
「……」
「壊れないなら、それも面白いし」
無邪気な声。
「だからさ」
顔を上げる。
「お兄さんがどうしたいのか、気になる」
——心臓が、少しだけ重くなる。
「……俺は」
言葉を探す。
喉の奥で引っかかる。
「俺は……」
その時。
——ガサッ。
森の奥から、物音。
二人の視線が同時に向く。
「……またかよ」
人狼は立ち上がった。
気配は一つ。
弱い。
隠れきれていない。
「出てこい」
低く言う。
しばらくの沈黙のあと——
「……ひっ」
小さな声。
現れたのは、一人の子供だった。
「……?」
赤ずきんが首をかしげる。
子供は震えている。
「た、助けて……」
今にも泣き出しそうな声。
「お父さんとお母さんが……帰ってこなくて……」
——胸がざわつく。
「……村の子か」
人狼が呟く。
「ば、化け物が出るって……聞いて……」
怯えた目で、こちらを見る。
その視線は——
まっすぐ、人狼に向いていた。
「……っ」
一瞬、息が詰まる。
(またかよ)
何もしていないのに。
それでも、恐れられる。
「……違う」
思わず漏れる。
だが子供は後ずさる。
「来ないで……!」
その反応に——
「……チッ」
人狼は顔をしかめた。
その時。
「ねぇ」
赤ずきんの声。
「この子、どうするの?」
——空気が変わる。
振り向くと。
赤ずきんが、いつもの笑顔で立っている。
「お腹すいてないけど」
さらっと言う。
「暇つぶしにはなるよ?」
子供がびくっと震える。
「や、やだ……」
涙がこぼれる。
「助けて……」
その声が——
耳に残る。
「……」
人狼は、目を閉じた。
(どうする)
放っておけばいい。
関わらなければいい。
それが一番楽だ。
(でも)
さっきの光景がよぎる。
止められなかった自分。
何もできなかった自分。
(……またか?)
ゆっくりと目を開ける。
赤ずきんを見る。
そして——子供を見る。
震えている。
壊れそうなほどに。
「……やめろ」
低く言った。
赤ずきんが、きょとんとする。
「え?」
「そいつに手ぇ出すな」
はっきりと。
今度は迷いなく。
「……」
赤ずきんは、少しだけ目を細めた。
「なんで?」
「……」
一歩、前に出る。
子供の前に立つように。
「俺が守る」
その言葉に。
自分で少し、驚いた。
「へぇ」
赤ずきんは笑う。
「そっか」
一歩、近づく。
「じゃあさ」
首をかしげる。
「私とその子、どっち守るの?」
——空気が凍る。
「……は?」
「だってさ」
くすっと笑う。
「両方は無理でしょ?」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「お兄さん、どっちも中途半端だし」
——図星だった。
「選んで?」
無邪気な声。
「私?」
「それとも——その子?」
背後で、子供が震えている。
前には、笑う怪物。
「……っ」
拳を握る。
逃げ場はない。
「……俺は」
息を吐く。
そして——
「そいつだ」
はっきりと言った。
一瞬の沈黙。
そして——
「そっか!」
赤ずきんは、嬉しそうに笑った。
「いいよ!」
あっさりと。
あまりにも簡単に。
「今日はやめとく!」
くるりと背を向ける。
「また今度ね!」
軽い足取りで、森の奥へ。
そのまま、消えていった。
「……は?」
あまりのあっさりさに、言葉が出ない。
「……なんなんだよ、あいつ」
力が抜ける。
その場に座り込む。
背後から、震える声。
「あ、あの……」
振り向くと、子供。
まだ怖がっているが——
少しだけ、目が違う。
「……大丈夫だ」
そう言うと。
子供は、少しだけ安心したように頷いた。
その様子を見て——
「……はぁ」
深く息を吐く。
(守った……のか?)
分からない。
でも——
さっきよりは、少しだけ。
胸のざわつきが小さい気がした。
その夜。
人狼は初めて——
“守る”という選択をした。
だが同時に。
赤ずきんは気づいていた。
——彼が「選べる」ようになったことに。
それがどんな意味を持つのかを。