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純と恵菜は中央線に乗り込むと、ドアの隅に立ち、手を繋いだまま闇夜に覆われた景色に視線を向けている。
恵菜は電車が到着する前に家族へ連絡を取り、家に帰らない事を伝えたようだった。
車内にいても会話を交わさず、沈黙のままの二人。
純は、寄り添っている恵菜を見下ろすと、彼女は、これから起こりうる事を考えているのか、無表情のまま、彼のネクタイを凝視している。
(恵菜…………ずっと無口のままだな……)
彼が恵菜の手をキュッと握ると、恵菜も、そっと握り返してくれた。
電車が武蔵境駅を出発した直後、純は引き結んでいた唇を、僅かに緩めた。
「そういえば、メシがまだだよな。吉祥寺に着いたら、コンビニに寄ろうか」
「…………」
恵菜は、黙ったままコクリと頷くと、節くれだった手をギュッと握る。
「恵菜? どうした?」
「…………」
彼女は変わらず口を閉ざしたまま、首を数回横に振った。
(恵菜……緊張しているのか?)
戸惑う面差しで、純と指を絡めさせている恵菜に初々しさを感じ、筋張った指先が、緩やかな波の髪を、そっと撫でる。
いつしか中央線は吉祥寺駅に到着し、彼は彼女の小さな手を引き、電車を降りた。
純の自宅マンションへ向かう道のりでも、恵菜は唇を引き結んだまま。
マンションの一階のコンビニエンスストアに立ち寄り、それぞれ買い物を済ませる。
(今日……俺は…………)
純は、店内をひと通り回って食料品をカゴに入れた後、男性用化粧品の棚の前に立つと、隅に陳列されている長方形の白いパッケージへ手が伸びた。
中央に黒い字で、『極薄』と小さく記されているシンプルな箱を手に取ると、おにぎりやサラダに紛れるよう、買い物カゴに忍ばせる。
レジへ向かうと、恵菜は既に買い物を終わらせ、店の外で待っていた。
「ゴメン。遅くなっちゃったな」
「……いえ、大丈夫です」
電車の中で沈黙を通していた恵菜の表情から、ようやく笑顔が零れ出る。
(やっと…………正式に恋人となった恵菜を…………俺は……)
彼女の白い指先を絡ませ、純はエントランスへ入っていった。