「ここです。降ろしてもらえる?」
庭園の奥の方にある植木で作った迷路の中まで案内されて中心部に辿り着いた。 そこには鉄製と思われる白く小さな椅子が四脚と丸テーブルが置かれており、ちょっとした茶会を開けそうなスペースになっている。だが、招待客がここまで来るのがとても大変そうだ。今もし『此処から一人で神殿へ戻れ』と言われたら俺は戻れる気がしない。そのくらい複雑で、迷路は随分と広いものだった。
要求通りロシェルを降ろすため腰を落とし、随分と細い腰を掴んで彼女を地面へと立たせた。
「ありがとう。我儘を聞いてくれて……本当に嬉しかったわ。実はちょっと憧れていたの、『肩車』というものに。『神子』である父さんには……お願いし辛かったから」
少し寂し気に笑い、ロシェルがそう言った。
「俺はロシェルの『使い魔』なんだから、これぐらいおやすいご用だ」
使い魔仲間であるシュウも「ピャッ」と賛同する様に声をあげたが、反射的に『お前は何もしてないだろ!』と言いたくなった言葉を、俺はすかさず飲み込んだ。
此処はくつろぐには良い場所だ。神殿からも程良く離れており、他に人も居ない。何かを質問したり秘密の話をするにもうってつけだと思った。
「一つ、訊いていいか?」
「何でもどうぞ」
ロシェルはそう言うと、そこにあった椅子に座り、俺にも座る様に促す。それに従い椅子へ自分も腰掛けると、一息吐いて些細な疑問を彼女へ投げかけた。
「ところで、『使い魔』とは何なんだ?その、俺は魔法の無い世界から来たからよくわからないんだ。だから、何を求められているのか全く見当がつかない」
それもそうだと言いたげにロシェルは頷くと、愛らしい笑みでこう言った。
「実は……私も正直きちんとはわかっていないのです、ごめんなさい。わかっているのは……そうね、異世界に残っている神々のお友達と、私もお友達になれる素敵な魔法って事くらいかしら。そうよねー?シュウ」
名を呼ばれ、テーブルに乗っていたシュウがロシェルの差し出した指にじゃれついた。後ろ足で立ち上がり、短い前足で必死に彼女の指を掴もうとする姿がとても可愛い。
「あとは……『ずっと一緒に寄り添ってくれる者』と古代文書に書いてあるって、父さんが言っていたわ」
「……はは、まるで伴侶みたいだな」
思った事をそのまま口にしたら、ロシェルが驚いた顔をして俺を見上げた。
「じゃあ、私は、重婚罪で捕まってしまいますね」
そう言って、ロシェルが口元を隠してクスクス笑う。そんな笑顔を前にして温かい気持ちになったが、疑問が解消出来なかった事は残念だった。俺がロシェルに何をしてやるべきなのかわからないままだからだ。役割がわからないものを『演じる』のはなかなか骨が折れそうだ。シュウのように気ままにすごす事が出来ればいいのだが、そうするには俺という人間ではあまりに思考し過ぎてしまう。どうしても行動に意味を求めてしまうので、俺はどうするべきかと悩み、後頭部をさすった。
「実は……私、お友達がいないの」
ロシェルが少し躊躇するような口調でボソボソと話し始めた。
「此処に住む人達は、みんなとても良い人なの。優しいし、意地悪なんかする人なんて誰一人として居ないわ」
「それはすごいな」
それならば、彼女のように朗らかな少女なら友人には事欠かないはずだ。なのに何故友人がいないのかと俺は不思議に思った。
「その……この世界の人達は、感情の……喜怒哀楽の、“怒”が無い気がするのです。欠落していると言うか……。私の思い込みかもしれませんが、そう感じるの」
「きっと、自制心が強いんだな」
「本当にそうなだけならいいのですが……真実は、どう、なのでしょうね。わからないわ」
頭を横に振り、ロシェルは困った様な顔をした。
「……私の母さんは、異世界から召喚されたんです。シドやシュウと同じですね」
「それは話が合いそうだな」
話が飛んだなと思ったが、その事は気にせずに頷いてみせた。女性にはよくある話だと、部下がボヤいていた事を思い出したからだ。
「父さんは神子で、二人とも喜怒哀楽がハッキリしていて、他の人達とはちょっと違うんです。そんな二人から生まれたからか……私はどうしても他の人達と心からは馴染めません」
手を膝の上でモジモジさせて、目を伏せる彼女の姿に寂しさを感じる。俺はそんなロシェルへ手を伸ばすと、そっと自分の手を彼女の手へと重ねて掴んだ。それを振り払う事なくロシェルが微笑み、言葉を続ける。
「お茶会や勉強会に参加したらお話をする“知り合い”は多くいるのだけれど、『私達は親友ね』と思えるような、本心を話せる相手がいないのがとても寂しいわ。明るくて、楽しくって、穏やかなだけで、一緒に感情をぶつけ合うことが出来ないのは……案外辛いものね」
「それは、わかるな」
共感した様な言葉を口にし、頷く。でも、何と声をかけてやるべきか、自分では不器用過ぎて思い付かなかった。
「いつまでも私は此処には居られないわ。いつか私は、沢山届いている求婚者の釣書の中から誰かを選び、神殿から出ないといけない。そうなったら、『完全なる善人』にのみ囲まれた生活をして、もし何かに憤りを感じたとしても、それを隠し続けないといけないわ」
「……求婚者?」
こんな子供にですら、もうそんな奴らが多くいる事に驚いた。神子とやらの子供という有望株は早めにという事なのだろうか。
(それなのに、俺ときたら……)
三十にもなって縁談の一つも無かった事にかなりヘコんだ。容姿のせいだとはわかってはいても、この差は地味に辛い。
「さっき話した通り、使い魔の召喚ならば異世界から来るでしょう?だから『父さん達みたいに私の気持ちをわかってくれるんじゃないかしら』と思ったの。しかもずっと側に居てくれるのよ、本心を話せる相手が側に居てくれたら、結婚先でも上手くやっていけるって……きっと私も、自分らしく生きられるんじゃないかと思ったの」
幼子が今からそんな事を思い悩んでいる事に心が苦しくなる。『使い魔』とやらの役割を相変わらず明確に理解出来てはいないが、ロシェルが俺達に何を期待しているのかはわかった。
「俺でよければ、いつでも話を聞くよ」
それぐらいしか出来ないだろうが、それでも、此処に居る間くらいはそうしてやりたいと思った。
深く頷き、出来得る限りの笑顔をロシェルへ向ける。慣れない事だったので頰が少し引きつったかもしれないが、それでもやらないよりはマシだろう。
「ありがとう……シド。貴方は最高の使い魔ですね!」
溜め込んでいた気持ちを吐き出せたからなのか、スッキリした顔でロシェルが微笑む。
「もちろんアナタもよ、シュウ」
スッと伸ばされた腕の上をじゃれて走るシュウにもロシェルは礼を告げた。シュウも「ピュウゥ」と嬉しそうに声をあげ、頭を軽く揺らしている。その度に光の粒が溢れ出て、この白い生き物が魔法によって生きている存在であると感じた。
「逢ったばかりの私に言われても困るかもしれないけど、二人とも大好きよ!」
そう言い、素晴らしいい笑顔をみせてくれるロシェルに、俺は一瞬にして完全に魅せられた。
この少女を守りたい。
その為なら何だって出来る。
……こんな俺にそう思われても気持ち悪いかもしれないが、心からそう思った瞬間だった。
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