その頃凪子はベランダにいた。
会社から帰って来ると、ほぼ毎日信也から電話がかかってくる。
そして、いつもその日あった事を報告し合っていた。
「でね……その新人の子が発注を間違えちゃってね…でもなんとかギリギリセーフで間に合ったの! 奇跡でしょう?」
「それは不幸中の幸いだったな。それにしても今の若い奴は結構おっとりしてるよなぁ? おっとりしているくせに、意外と繊細ですぐ辞めるって言い出すし」
「あっ、わかるわかる、そういう子、うちの会社にもいるよー」
二人は他愛もない話で盛り上がる。そしてその話が一段落すると、信也が言った。
「旦那はもう接触して来なくなった?」
「うん。部長が話してくれてからは、特に問題ないわ」
「それなら良かった」
「あの人、来週から横浜の倉庫に出向になったの。だから、来週になればもう顔を合わす事もないと思うわ」
「そっか。で、弁護士事務所の方には連絡はあったのか?」
「それがまだみたい。来週弁護士の先生が彼に連絡を取ってくれるって」
「そうか…早くかたがつくといいな」
「うん」
「あとさ…前に言ってたウエディングドレスの件なんだけれど、暇な時でいいから凪子なりにこんなのがいいっていうのがあったら、具体的に教えてくれよ」
「え? いいけど…30のおばさんの好みでもいいの?」
「もちろん。今は結婚年齢が上がっているから、30前後がちょうどいいんじゃないか?」
「わかった。具体的な写真とか探してまとめておくわ」
「サンキュー、頼んだよ」
その日はそこで電話を終えた。
凪子は今夜時間があったので、早速ウエディングドレスについてネットで調べ始めた。
凪子が結婚式を挙げたのはハワイの教会だった。
親族とごく親しい友人だけを呼び、教会で式を挙げた後
小さなレストランで会食をしただけの、本当にシンプルな式だった。
その際、ドレスは現地でレンタルした。
結婚式にお金をかけるくらいなら、マンションを買う資金にしたい。
良輔が強く言ったので、式は手軽な海外ウェディングにした。
当時の凪子も、その考えに異論はなかった。
良輔は自分達の将来の事をしっかりと考えてくれているのだ、当時はそんな風に嬉しく思ったものだ。
しかし今思い返すと、あの頃の良輔にはあまり貯金がなかったのだと思う。
だから海外での小さな結婚式を凪子に薦めたのだ。
当時の良輔の思惑に全く気付かなかった自分の能天気さに呆れてしまう。
凪子の父親は地元で市議会議員をしているので、国内での結婚式を望んでいた。
大事な一人娘の結婚式だ。それこそ盛大に挙げてやりたいと思っていたのだろう。
しかし良輔がどうしても海外でと言ったので渋々それを受け入れてくれた。
(結婚式の時から、見事に良輔のいいようにされていたのね…)
凪子は思わず苦笑いをすると、自分が着たドレスのデザインを全く思い出せないでいる自分に驚く。
凪子は背が高い割にスリムだ。その体型に合うレンタルドレスは、海外では数えるほどしかなかったので、
デザインで選ぶというよりはサイズで選んだようなドレスだった。
だから思い入れなんて全くない。
凪子はデザインが思い出せないので、諦めてアルバムを取りに行った。
そして結婚式の写真をアルバムから全て外した。
そして、自分一人で写っているドレス姿の写真を一枚だけ残し、
ちょうどいい機会だからと、あとの写真はゴミ箱へ捨てた。
そしてその一枚の写真を見る。
凪子が着ていたのは、
オフショルダーの肌の露出が激しいデザインだった。
南国らしい大胆でセクシーなそのドレスは、数少ない候補の中から良輔がどうしてもこれだと言って引かなかったドレスだ。
そのドレスは、肩だけでなく背中も大胆に開いていた。
それを見た凪子の母は、
「神聖なお式なのに、肌が出過ぎでは? もうちょっと上品なドレスはなかったの?」
と、式の当日凪子に言ってきたのを覚えている。
今思えば、結婚式についての良い思い出はない。
良輔の両親は常によそよそしく、凪子の両親がざっくばらんに話しかけても話が続かない。
凪子が呼んだ招待客の数は、良輔が呼んだ招待客の数よりも多かった。
凪子が絞りに絞って人数を減らしたのに、それでも良輔の招待客よりも多くなってしまった。
そこが向こうの両親は気に入らなかったらしい。
あの結婚式は未来の二人を予想していたのかもしれない。
打ち解けない両家。そして新婦や新婦の実家の意向など全く無視した結婚式。
(もしかしたら私達の結婚は、あの時からもう既に躓いていたのかもしれない…)
凪子はそんな風に思った。
「済んだ事はもう振り返るのはよそう」
凪子は気持ちを入れ替えると、今度は友人達の結婚式の写真を見る。
紀子と紘一の結婚式や大学時代の友人達の結婚式の写真には、素敵な笑顔が溢れていた。
(信也がウエディングドレスをプロデュースするって事は、つまり幸せのお手伝いをするって事なのよね)
凪子はそう思うと、ドレスが意味するワードを書き連ねる。
幸せ 喜び 永遠 愛 誓い 夫婦 思いやり 信頼 尊敬 尊重……
そこで凪子は思った。
(私達夫婦に残っていたのは、この中のどれだろう? もしかしたら一つもないかもしれない…)
凪子は思わず苦笑いをする。
今度もしまた自分がドレスを着るとしたら、一体どんなデザインを選ぶだろう?
そういう目線で考えてみる。
そして大体のイメージを纏めた。
凪子が選んだドレスは、肩や背中が大胆に開いたセクシーなドレスではなく、
首回りと腕の部分が上品なレースで覆われ、肌を見せないタイプのクラシカルで厳かな雰囲気のドレスだった。
神様の前で永遠の愛を誓うには、こういうドレスが相応しいのだ。
もしかしたらあの時自分はそんなドレスが着たかったのかもしれない…凪子はそんな風に思った。
コメント
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良輔最低ですね💢 凪子さんとの結婚を決める前もきっとお金が無くていろいろケチってたのでは⁉️仮に実家が財閥だからこそ財布の紐が硬いのはありありだし… もうよそ見をしないつもりで凪子さんとの結婚を決めたのにドレスも💍もまして結婚式までケチるなんて男として堕落してるでしょ⁉️💢😡 こんな奴とは別れて正解👍今は信也さんのドレスだけを考えて甘えちゃおう🥰🥰🥰💞