そして金曜日の終業時刻が来ると、凪子はそそくさと荷物を纏め早めに会社を出た。
今日は良輔がこの本社で働く最終日だ。
みじめな良輔とバッタリ顏を合わせるのを避ける為、凪子は誰よりも早く会社を出た。
アシスタントの真野や同じチームのメンバーも察してくれているようで、
「凪子さん早く帰った方がいいですよ」
「後は私達に任せて」
そう声をかけてくれたので、ありがたくそのまま会社を後にした。
商品企画部のフロアを出る際絵里奈のデスクをチラリと見てみたが、机は綺麗に片付いていた。
今日は朝から姿を見ていないので、休んだのだろう。
プライドの高い絵里奈の事だ、どうせクビになるのならとこのままバックレるつもりなのだろう。
これで来週からはもう変な気を使わずにこのフロアで伸び伸びと働けると思うと、凪子は躍り出したい気分だった。
一方良輔は、営業部のフロアで机の引き出しを整理していた。
私物を纏め、ビジネスバッグに入らなかった分は紙袋へ入れる。
良輔が左遷された事は社内で噂になっていた。
もちろん送別会などもない。
部下や同僚達は良輔の事を見て見ぬふりをし、自分の仕事に集中している。
外回りをしている営業仲間も、今日はなぜか帰社が遅い。
仲間同士しめし合わせてあえて帰社を遅らせているのだろう。
良輔と絵里奈の不倫が知れ渡ってからは、今まで気さくに話しかけて来た同僚達が声をかけて来なくなった。
中には「それみたことか」と思っている同僚達も多い。
なぜなら、彼らは良輔が凪子と知り合う前の派手な女性関係を知っていたので、
今回のこの流れを見て「やっぱりな」と思っている人間が多い。
誰にも声をかけられないまま片付けを終えると、良輔は立ち上がり、
「お世話になりました」
と挨拶をしてからフロアを後にした。
出口へ向かう良輔に耳には、
「資料室がホテル代わりか…」
「あの女は尻軽で有名だったのに…アイツも趣味が悪いよな…」
「社内一美人で出来る女を嫁にもらっておいて、本当に馬鹿だよなぁ…」
そんな陰口が入ってくる。
その言葉に更にガックリと肩を落とすと、良輔は無言でフロアを後にした。
悔しい思いをしながら良輔が廊下を歩いていると、後ろから声がした。
「おい、良輔!」
良輔が振り返ると、そこには同期の江口がいた。
「なんだよ、お前も俺をバカにしに来たのか?」
「そんな言い方はないだろう? 最後だから挨拶くらいさせろよ」
江口はそう言って良輔の肩をポンと叩いた。
「お前も男なら最後は往生際をよくしろよ。これ以上凪ちゃんを傷付けるんじゃないぞ」
江口の言葉に、思わず良輔はカッと目を見開く。
「俺はアノ女にはめられたんだ。俺はあんな女なんかより、凪子の事をずっと愛していたんだ!」
その言葉を聞いて、江口が苦笑いをする。
「愛しているならどうして浮気なんてしたんだ? お前はいつも口ばっかりだ。凪ちゃんと結婚出来るならもう一生他の女は抱かなくてもいい……結婚する時お前は俺にそう言ったよな? それなのにお前は凪ちゃんを裏切った。それも結婚してまだ二年も経たないっていうのに……よく頭を冷やして考えろっ! 男なら最後くらいは潔くしろよ!」
江口はそう吐き捨てるように言うと、
「じゃあなっ!」
と言ってその場を後にした。
(ちくしょう……あいつまで俺の事を馬鹿にしやがって……)
良輔は心の中でそう呟きながら、両手を強く握りしめてエレベーターへ向かった。
良輔が本社ビルを出ると突然声がした。
「良輔さんっ!」
見るとそこには絵里奈がいた。
絵里奈は今までの色気はどこへやら、げっそりとやつれている。
「もうっ! 着信拒否とかやめてよっ! 話したいことがあるのに話せないじゃないっ!」
絵里奈はそう捲し立てる。
「だから、もうお前とは会わないって言ったろう?」
「そんな一方的に決めつけるなんて酷いわ! 私だって話があるんだからっ!」
「なんだよ、話しって…」
良輔はイライラしながら面倒臭そうに言った。
そこで絵里奈は急に真面目な顔をして言った。
「私……赤ちゃんが出来たみたいなの……」
「…………」
それから10分後、二人は駅裏にあるカフェに向かい合って座っていた。
「子供が出来たって本当か?」
「ええ。だから私と結婚して!」
「それは無理だな。俺はお前と結婚するつもりなんてない」
良輔はそう言うと、平静を装いながらコーヒーを一口飲んだ。
しかし心の中はかなり動揺していた。
避妊はしっかりしていたし、つけないでそのまました時は絵里奈が安全日だったはずだ。
(俺は本当にハメられたのか?)
ふとそんな思いが頭を過る。
そこで良輔は言った。
「君とは結婚は出来ない。子供は諦めてくれ。費用は全て俺が負担するから…」
「そんなの嫌よ! 私達の赤ちゃんなのよ! 殺すなんて出来ないわ!」
絵里奈は必死で訴えてくる。
「それに、もうパパとママに言っちゃったの。奥さんがいる人と付き合って妊娠させられたって! そして奥さんから慰謝料も請求されているって話したら、パパが相手を家に連れて来なさいってすごい剣幕で……だから良輔さん、もう逃げられないわよ。私の親に会って!」
絵里奈は先ほどまでは泣きそうな顔をしていたのに、今は勝ち誇ったよに微笑んでいる。
(なんなんだこの女は…どこまで神経が図太いんだ……)
良輔はハーッと大きなため息をつくと言った。
「とにかく俺は君とは結婚出来ない。俺は凪子とも離婚をするつもりはないんだ。だから、どうしても君が産みたいって言うんなら止めはしないが認知はしないよ。せいぜい頑張って一人で育ててくれ」
良輔は吐き捨てるように言うと、立ち上がってカフェの出口へ向かった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ……」
絵里奈は必死の形相で良輔の後を追った。
コメント
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絵里奈はデキる良輔が良かったんじゃなかった? 今の良輔はデキる奴とは全く思えないけど? 惚れた弱みなのかしらね? それに絵里奈の赤ちゃんって本当に良輔との子? 遺伝子検査🧬ってできるんだっけ? ちゃんと確認しないと‼️ 凪子さんはこれでもう2人と会うことはないね👋 後は信也さんのところの女狐が要注意だね⚠️⚠️ 若さに任せてハニートラップとか仕掛けてきそうなイヤな予感が…😥😖