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#恋愛
The Echo of Desire
新しい世界は、静かに呼吸していた。
空は存在する。だがそれは青ではない。深い群青に、どこか黒が滲んだ色。光は差しているのに、その光は“照らす”というより、“触れる”ように広がっている。
大地もある。だが踏みしめる感覚は曖昧で、どこか水面の上を歩いているようだった。
すべてが確かに“ある”のに、どこか不安定。
未完成というより、“完成を拒んでいる”世界。
その中心に、カルディアとリエルはいた。
二人の影は重なり、そして分かれている。
完全には交わらず、しかし決して離れない。
その曖昧さが、この世界そのものの性質を表していた。
「……静かすぎるね」
リエルが呟く。
風もない。音もない。だが無音ではない。
何かが、ずっと“内側で鳴っている”。
カルディアは周囲を見渡す。
「……落ち着かないな」
「でしょ?」
リエルは少しだけ笑う。
「これ、“安定してない”んじゃなくて……“何かを待ってる”感じ」
その言葉に、カルディアの眉がわずかに動く。
「何をだ」
リエルはすぐには答えなかった。
代わりに、自分の胸に手を当てる。
そこには、見えないはずの“印”がある。
起源に由来するもの。
そして、カルディアと繋がるもの。
「……たぶん」
彼女はゆっくり言う。
「まだ“決まってない”んだと思う」
「何が」
「この世界が、どういう世界になるか」
カルディアは少しだけ考える。
「なら、決めればいい」
単純な答え。
だがそれは、この世界では“正しい”。
リエルは彼を見る。
「じゃあ、カルディアはどうしたいの?」
その問いは、軽いようで重かった。
彼は一瞬だけ黙る。
欲望は明確だ。
だが、それを“世界の形”として言語化するのは、初めてだった。
「……おまえがいればいい」
短く、それだけ。
リエルは、少しだけ驚いたように目を見開く。
「……それだけ?」
「ああ」
迷いはない。
リエルは、息を小さく吐く。
「……ほんと、極端」
けれど、その声はどこか柔らかかった。
そのとき。
空間の奥で、“音”がした。
微かな、引き裂くような気配。
二人は同時にそちらを見る。
何もないはずの空間に、“歪み”が浮かび上がる。
それは黒でも白でもない。
むしろ、この世界にまだ馴染んでいない“異物”。
「……あれが、さっきの」
リエルが小さく言う。
カルディアは一歩前に出る。
「出てこい」
低く、命じるように。
歪みが、ゆっくりと形を持つ。
人の輪郭に近い。
だが明確には定まらない。
顔も、手も、存在しているのに曖昧。
まるで“誰かになり損ねたもの”。
「……やっと、見つけた」
それは声を発した。
かすれているが、確かな意思を持っている。
リエルの背筋がわずかに震える。
「……その声」
彼女の瞳が揺れる。
「どこかで……」
“それ”は一歩近づく。
空間が、その存在にわずかに抵抗する。
この世界にとっても“異物”である証拠。
「おまえは……」
カルディアが睨む。
“それ”は答えない。
ただ、リエルを見ている。
その視線は執着に満ちていた。
カルディアと同じ種類の――だが、どこか歪んだ執着。
「……返せ」
“それ”が言う。
リエルの呼吸が止まる。
「それは……俺のものだ」
その瞬間、空気が張り詰めた。
カルディアの黒が、鋭く反応する。
「……誰のことを言ってる」
低い声。
明らかな敵意。
“それ”は、ゆっくりと指を上げる。
リエルを指し示す。
「それ」
リエルの身体が、わずかに引かれる。
見えない力。
だが確実に“引き寄せられている”。
「……っ、なにこれ……」
カルディアが即座にリエルの腕を掴む。
引き戻す。
二つの力が拮抗する。
「離せ」
“それ”が言う。
「元に戻すだけだ」
カルディアの瞳が完全に黒く沈む。
「……ふざけるな」
次の瞬間、黒い衝動が爆発する。
“それ”へと叩きつけられる。
だが――
貫けない。
衝突した瞬間、衝撃が“分散”される。
「……無駄だ」
“それ”は静かに言う。
「俺は、消えない」
リエルが、はっと息を呑む。
「……あなた、まさか……」
その言葉の続きを、“それ”が引き取る。
「起源の、残りだ」
空気が凍る。
「完全に消えたと思ったか?」
その声には、わずかな嘲りがあった。
「“定義”は消えても、“意志”は残る」
カルディアがさらに力を込める。
「なら、消す」
「無理だ」
即答。
「俺は“おまえの中”にもいる」
リエルの心臓が強く跳ねる。
「……どういう、意味……」
“それ”はゆっくりと近づく。
カルディアが阻もうとするが、完全には止めきれない。
「おまえは“鍵”だ」
「そして俺は、その“最初の定義”」
リエルの瞳が揺れる。
記憶ではない。
もっと深い、根源的な“理解”が、浮かび上がる。
「……最初に、刻まれた……」
「そうだ」
“それ”が微かに笑う。
「おまえは最初から、“誰かのもの”になるために作られている」
カルディアの手が強くなる。
リエルを自分の方へ引き寄せる。
「……違う」
低く、はっきりと。
「今は俺のものだ」
その言葉に、“それ”の気配がわずかに歪む。
「……後から来た存在が、よく言う」
空間が軋む。
二つの執着が、正面から衝突する。
リエルはその間で、息を詰める。
どちらも“正しい”。
どちらも“歪んでいる”。
どちらも、“逃げられない”。
「……やめて」
小さな声。
だが、その一言で空気が止まる。
リエルが顔を上げる。
その瞳には、恐怖ではなく――決意があった。
「私を“もの”として扱うの、やめて」
その言葉に、両者が沈黙する。
リエルは一歩前に出る。
カルディアの手を離し、そして――
“それ”にも近づく。
「私は、どっちのものでもない」
その宣言は、この世界そのものを揺らした。
「でも」
彼女はカルディアを見る。
その視線は、まっすぐで、逃げない。
「選ぶことはできる」
空間が、静かに震える。
「誰のところにいるか」
その言葉は、残酷だった。
カルディアの欲望が、さらに濃くなる。
“それ”の執着も、同じように強まる。
リエルは、ゆっくりと息を吸う。
そして――
「私は……」
その選択が、すべてを決める。
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