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#恋愛
The End of Desire
「私は――」
リエルの声は、ひどく静かだった。
迷いはあったはずなのに、もう表には出ていない。
それは決断というより、すでに何かに“収束したあとの音”だった。
カルディアは動かない。
ただ、見ている。
逃げ道をすべて潰したあとの、確認の視線。
「……カルディアを選ぶ」
短い言葉だった。
軽くも重くもない。
ただ、落ちた。
その瞬間、空気の質が変わる。
“それ”は何も言わない。
否定も、嘲笑もない。
ただ、わずかに――納得したように沈黙する。
カルディアが一歩、近づいた。
リエルの顎に指をかけ、顔を上げさせる。
「遅かったな」
責めるでもなく、感情も薄い。
ただ事実を確認するような声。
「……でも、来た」
リエルは目を逸らさない。
逸らせない。
「うん」
それだけ答える。
カルディアはしばらく彼女を見ていたが、やがて静かに言う。
「じゃあ、終わりだ」
その言葉は、始まりではなく“終端”だった。
リエルの背に腕を回し、引き寄せる。
逃げ場のない距離。
温度。
鼓動。
それらすべてが、やけに鮮明に感じられる。
「これでおまえは――」
耳元で、囁く。
「俺の外に出られない」
リエルの呼吸が、浅くなる。
だが否定はしない。
そのまま、小さく頷く。
「うん……いいよ」
その返答に、カルディアの目がわずかに細まる。
満足ではない。
確認でもない。
――異常を測る目。
その瞬間、“それ”が口を開いた。
「ひとつだけ、言っておく」
静かな声だった。
リエルは振り向かない。
だが、聞こえている。
「その選択は、“おまえのものじゃない”」
リエルの喉がわずかに動く。
「……どういう意味」
「そのままの意味だ」
間を置かずに返る。
「おまえはもう、“選んでいるつもりでしか選べない”状態にある」
リエルは眉を寄せる。
否定したい。
だが、その前に――
カルディアに触れていた。
無意識に。
その瞬間。
ぞくり、とした。
皮膚の奥が焼けるような感覚。
呼吸が乱れる。
離したくない。
「……っ」
リエルの指が、わずかに食い込む。
「どうした」
カルディアの声は平坦だ。
リエルは答えられない。
ただ、触れているだけで。
足りない。
もっと欲しい。
「……ねえ」
かすれた声。
「近くに、いて」
言ったあと、自分で違和感を覚える。
“言わされている”ような感覚。
カルディアは一瞬だけ沈黙し、やがて答える。
「ずっといる」
即答だった。
リエルの胸が、妙に安心する。
――その安心が、気持ち悪い。
「……やっぱりな」
“それ”が呟く。
リエルは目を閉じる。
「違う……これは……」
言葉が続かない。
なぜなら、身体が否定しないからだ。
カルディアに触れている間だけ、満たされる。
離れると、空洞になる。
「試してみろ」
“それ”の声。
リエルは、ゆっくりとカルディアから離れる。
一歩。
それだけで。
――寒い。
胸が空になる。
さっきまであったものが、一瞬で消える。
「……っ」
息が詰まる。
「戻れよ」
カルディアが言う。
命令ではない。
ただの提案。
リエルの身体は、それに従った。
考えるより先に、戻っていた。
触れる。
――満たされる。
その即時性が、あまりにも露骨だった。
「ほらな」
“それ”が言う。
「それが答えだ」
リエルの思考が、ゆっくりと沈む。
理解してしまう。
「……これ、私じゃない」
かすれた声。
「私、こんなのじゃなかった」
カルディアは否定しない。
肯定もしない。
ただ、言う。
「今のおまえがそれだ」
残酷なほど静かな断定。
リエルの目が揺れる。
「じゃあ……私は」
カルディアは少しだけ考えて、答える。
「壊れたな」
淡々と。
事実のように。
リエルの中で、何かが折れる。
だが同時に。
彼に触れていたい衝動は消えない。
むしろ強くなる。
「……やだ」
小さく呟く。
「でも……離れたくない」
矛盾。
破綻。
カルディアはその言葉を聞いて、わずかに目を細める。
「そういう状態にした」
自分で言う。
後悔はない。
リエルはその胸元に額を押しつける。
逃げるためではない。
ただ、満たされるために。
「……ねえ」
声が弱い。
「これ、治る?」
カルディアは即答しない。
ほんの少しだけ、間を置く。
そのわずかな沈黙。
それだけで、リエルは理解してしまう。
「……ああ」
短い返答。
「治らない」
リエルの呼吸が止まる。
それでも、彼から離れられない。
「一生、そのままだ」
リエルの目から涙が落ちる。
だが、その意味ははっきりしない。
悲しいのか。
怖いのか。
それとも――
安心しているのか。
自分でもわからない。
「……最低」
かすれる声。
カルディアは否定しない。
「知ってる」
リエルの肩を抱き寄せる。
優しさはない。
だが、拒絶もない。
ただ固定する力。
リエルはその中で震える。
壊れている自覚がある。
でも。
その状態のまま、彼を求めている。
止まらない。
止められない。
「……カルディア」
名前を呼ぶ。
それだけで、少し満たされる。
その事実が、さらに気持ち悪い。
カルディアはその反応を見て、静かに目を伏せる。
――予定通りだ。
そう判断する一方で。
ほんのわずか。
誤差のような違和感が残る。
(……こんなものか)
思っていたものと、少しだけ違う。
だが、問題ではない。
修正する必要もない。
「そのままでいい」
リエルに言う。
「それが完成形だ」
リエルは頷く。
理解していない。
でも、従う。
それしかできない。
世界は静かに歪んでいる。
壊れているのに、崩れない。
終わっているのに、続いている。
リエルはもう元には戻れない。
カルディアはそれを知っている。
そして――
それでも満たされてはいない。
だが手放さない。
リエルは壊れている自分を理解したまま、
それでも彼に縋り続ける。
その状態が、固定される。
救いはない。
終わりもない。
ただ、続く。
わずかにズレたまま。
永遠に。
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