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「《阿修羅》——解放」
瞬間、オットーの瞳がぎらりと赤く光った。
次の呼吸で、世界が反転する。
「ぶぉおおおおおおおお!!」
腹の底から絞り出された咆哮が空気を震わせた。
人間の声ではない。野太い獣の吠え声と、鉄を軋ませるような悲鳴が混ざっている。鼓膜ではなく背骨に来る音だった。
エルダードラゴンの爪が、まだオットーの腹を貫いている。
普通なら、ここで膝をつく。だが。
「……ぐっ」
オットーは、その爪を両手でがっちり掴んだ。
筋肉が軋む。血が噴き出す。
腹から背中へ貫かれた爪が、ぎりぎりと嫌な音を立てながら、ゆっくりと引き抜かれていく。
べちゃり、と血だまりが広がった。
即死級の傷。なのに。
オットーの腹部が、みるみる再生を始めた。
裂けた肉がうごめき、ちぎれた血管が勝手に繋がり、皮膚が下からせり上がるようにふさがっていく。
痛みはある。常軌を逸した激痛が、頭蓋の内側を直接殴り続けてくる。
それでも。
「俺の腹をやったのは、この爪かぁああああ!!」
オットーは絶叫しながら、その爪を素手でへし折った。
バキィン、と金属めいた音が響く。
エルダードラゴンが驚愕に目を見開くより早く、オットーは地を蹴っていた。
弾丸。
それは「走る」ではなかった。
視界から消えたかと思えば、次の瞬間には背後だ。
「エドガーとミラをやったのは——」
巨大な翼の付け根に腕を回し込む。
肩の筋肉が膨れ、背中の筋が浮き上がる。
「この翼かぁああああ!!」
吠えると同時に、翼が根元から引きちぎられた。
ずるり、と肉が裂ける音。
分厚い鱗ごと剥がされた翼が、血飛沫を撒き散らしながら床へ叩きつけられる。
エルダードラゴンが咆哮する。
痛みと怒り。そこに混じる、理解不能な「恐怖」。
だがオットーは止まらない。
「まだだ……!」
片手でぶら下がったまま、もう片方の手を別の翼に突き立てる。
「こっちも、だぁああああ!!」
片膝で踏ん張り、背中を反らし、全身の力を翼に叩きつけた。
肉が裂け、骨が折れ、鱗が飛び散る。
ビリビリと嫌な感触が腕に伝わる。構うものか。
暴れる巨体が、オットー一人では制御しきれないほど揺れ動く。
それでも腕は離れない。
「うぉおおおおおおおお!!」
喉が裂けそうな咆哮。
二枚目の翼が、力ずくで引き裂かれた。
ぼとり、と千切れた翼が床に落ちる。
緑色の血飛沫が雨のようにオットーを染め上げていく。
鎧も肌も髪も、すべてがドラゴンの血でべったり濡れた。
鉄臭さと熱気と、魔物特有のむせかえる匂いが部屋を塗り替える。
エルダードラゴンの悲鳴が空間を切り裂いた。
「ぎぃ……ぉおおおおおおおおお!!」
先ほどまでの「楽しげな咆哮」とは違う。
明確に、恐怖の混じった悲鳴だった。
捕食者が、自分が狩られる側になったことを理解した声。
オットーの口元が、ぐにゃりと吊り上がる。
「——最高に気持ちよくなってきたぜぇえええええええ!!」
雄叫びというより狂気。
声に押されるように、一歩で首筋まで駆け上がる。
大きく跳躍し、そのまま顔面へ飛び乗った。
あまざけ
546
#婚約破棄
霞花怜
620
#恋愛
ばたっちゅ
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#体格差
月咲やまな
1,540
エルダードラゴンが頭を振る。
視界を奪おうと、振り落とそうと、必死で喚き散らす。
だがオットーの手は離れない。
額の鱗をがっしり掴んだまま、もう片方の手で赤く光る瞳に指を突き立てた。
「ここだろぉがよぉ……!」
ずぶり。
いやな感触が手のひらを通じて伝わる。粘ついた液体が噴き出し、指の間をぬるりと流れ落ちる。
エルダードラゴンが耳をつんざく悲鳴を上げた。
「ぎぃっっ……ぉおおおおおお!!」
オットーは躊躇なく、目玉を掴み出す。
握りつぶすでも捨てるでもない。その場でがぶりと噛みついた。
ぐしゃり。
「……なんだ。なかなかうめぇじゃねぇかよ」
血と体液にまみれながら、ニィッと笑う。
「てめぇ、ふざけてんのかぁああああ!!」
怒声と共に、残ったもう片方の目も抉り取られる。
視界を完全に奪われた咆哮は、威厳も余裕も失っていた。恐怖と混乱だけが剥き出しだ。
その咆哮を、オットーは鼻で笑い飛ばす。
「目ん玉潰したからよぉ——」
顔の上から、ひらりと飛び降りる。
今度は巨体を支える太い脚の付け根へ回り込む。
「……何も見えねぇってことだよなぁ?」
大斧を一閃。
ずしん、と重たい感触。
エルダードラゴンの片足が根本から断ち切られる。
緑色の血が噴水のように吹き上がり、床一面を染めた。
巨体がバランスを崩し、片側へ大きく傾く。
もがき、床を掻きむしる。ジタバタ暴れる。
その動きは、もう「頂点捕食者」じゃない。
獲物の動きだ。
「……あぁ、いいな。その顔だよ」
オットーは心底楽しそうに笑った。
「簡単にコアは壊さねぇぜ」
ずるり、と血溜まりを踏む。
腹部へ近づく。氷の刃がこじ開けた傷口から、脈動するコアがかすかに覗いていた。
「時間は——たっぷりあるからなぁ」
大斧を肩に担ぎ、赤い瞳で獲物を見下ろす。
「嬲ってやるよぉおおおお!!」
そこから先は、ほとんど一方的だった。
斧が振るわれるたびに鱗が砕け、骨が折れ、肉が裂ける。
エルダードラゴンは反撃しようとするが、翼をもがれ、片足を失い、視界も奪われた巨体はオットーの速度に追いつけない。
咆哮は悲鳴に変わる。
悲鳴は、かすれた嗚咽みたいな声へ落ちていった。
それでもオットーは止まらない。
腹部の結界を、斧で何度も何度も叩き割るように攻撃し、ひびを広げていく。
勝つためだけじゃない。これまで仲間たちに与えられた痛みを、上乗せして返すみたいに。
最後には、腹部の中心に浮かぶコアだけが、辛うじて形を保っていた。
ひびの走ったそれが、かすかに明滅しながら、まだ命を繋いでいる。
オットーは荒い息のまま、ゆっくり斧を構え直した。
「……ここまでだ」
狂気じみた笑みが、ほんの一瞬だけ静かな表情に変わる。
「あいつらの——旅はよぉ」
斧が振り下ろされる。
「続くんだよぉ!!」
砕ける音は、叫び声と同時だった。
コアが粉々に砕け散ると同時に、エルダードラゴンの巨体から力が一気に抜けた。
巨大な頭ががくりと垂れ、全身の鱗から命の灯がふっと消える。
ボス部屋に重たい静寂が落ちた。
オットーはその場に立ち尽くしている。
赤く光っていた瞳が、ゆっくり元の色へ戻っていく。
ひざが、ふいに笑った。
支えを失ったように、大きな身体がゆっくり前のめりに倒れる。
どさり、と鈍い音。エルダードラゴンの血の海へ倒れ込んだ。
眠り、というより落ちる。
意識が一瞬で暗闇に引きずり込まれ、視界も音も痛みさえ遠ざかっていく。
(……また……会えると……いい……な……)
阿修羅の代償として訪れた深い眠りの中へ。
オットーは、そのまま静かに沈んでいった。
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