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第6話「深層の波を歩く者」
登場人物:タルマ=ヤン(圧属性・2年)
**「深層試験」**は、ソルソ学区でもっとも個人的で、もっとも公開される行事だった。
学年を問わず、希望者は年に数回だけ“自己指定のテーマ”で波域を深く沈降し、自らの変質と向き合う。
タルマ=ヤンは、2年生。
圧属性らしく体格が大きく、制服の袖は肘まで折られていた。
首には波圧調整用のラグバンド。瞳はくすんだ岩のような灰色。
背中の防圧リュックには、いつも2冊の波域手帳が入っている。
「深層試験、やる気あんのか?」
試験直前の問診。担当教師のウラメ=ギルスは、波属性で筋肉質。
タルマと似たタイプだったが、共鳴のやり方がまるで違った。
「波はさ、叩くんだよ。ねじ伏せないと沈まねぇ」
「……オレは、波って“落ちる”もんだと思ってた」
「チッ、おまえ、波のくせに柔らかすぎだろ」
「圧、です」
深層試験の部屋は、海底構造を模した沈殿式空間。
ソルソの流動に合わせて、自分自身の波が映し出される。
変質に至ったものは、自分の奥に“変質前の姿”を見るという。
試験開始。
室内に満ちる静かな音──まるで、塩と感情を混ぜたような重たい水音。
タルマは“圧”の力を持ちながら、人の波を潰したくないと思っていた。
自分の力で、誰かが共鳴できなくなるのが怖かった。
だから彼はいつも、“2冊”の手帳を持ち歩く。
一冊は自分用。もう一冊は、共鳴できなかった誰かの言葉を、代わりに書き留めるための手帳。
深層の中で、彼はそのことを初めて声に出した。
「“やさしい圧”って、変ですか……?」
空間がぐるりと回る。
水底に沈んだ光の中に、誰かがいた。
それは“変質する前”の自分──
他人の波にふれて壊れそうだった、小さな圧。
タルマは静かに、その姿に近づいた。
そして、防圧リュックから、もう一冊の手帳を差し出した。
「これ、オレの分だけど、お前にも使っていい」
部屋がひとつ波打つ。
変質は、怒りでも、爆発でもなかった。
圧の中心が、少しだけ軽くなった。
深層試験を終えたタルマは、波域評価をもらわずにそのまま水槽室へ向かった。
静かに浮く水草の前で、ポケットから出した手帳に、こう書いた。
「今日、自分の圧に名前をつけた。
“やさしさ”って名前」