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「……なんかもう、しんどい」
放課後の相談室――と言っても、蓮司が勝手にそう呼んでいる空き教室だ。
窓際の机に座った高城紗良は、開口一番そう言った。
泣きそうな顔ではない。むしろ感情を隠すことに慣れすぎた顔だった。
「じゃあ、しんどいって言えば?」
「いや、それが……“メンヘラっぽい”の、嫌なんだよね」
「……メンヘラっぽい?」
「そう。SNSとかで“病み垢”みたいなの見ると、“うわ、痛いな”って思っちゃう。だから自分も、そういうのになりたくない。
でも、普通に愚痴ったり弱音吐いたりすると、そう見られるじゃん」
蓮司はペンを回しながら首をかしげる。
「見られるのが嫌、ってこと?」
「嫌。だって今って、“病んでますアピール”ってダサい扱いされるじゃん。
だから、しんどくても“全然余裕”って顔してた方がマシかなって」
「で、限界まで黙って溜め込むと」
「……まあ、そうなる」
一瞬の沈黙。蓮司は笑っているようで笑っていない目をした。
「それ、ダサくない?」
紗良がむっとする。
「は?」
「いや、“メンヘラ扱いされるのは嫌だから何も言わない”って、自分の首絞めてるだけだろ。
ダサいって言葉に、自分の感情の口塞がれてんじゃん」
「……でも、泣き言言って引かれるの、怖いし」
「引くやつは引くし、引かないやつは引かない。それに、“メンヘラ”って言葉のせいで本音隠すって、結局その言葉に負けてんだよな」
紗良は黙った。机の上のシャーペンの芯ケースを、何度も回す。
「……じゃあ蓮司は、本音言って引かれても平気なの?」
「平気じゃねーよ。俺も嫌われんのは嫌だし。
でも、“ダサい”って言われるより、“自分まで見失う方”がもっと嫌だな」
紗良は顔を上げた。窓から差し込む夕陽が、瞳の色を少しだけ明るくした。
「……あんた、やっぱカウンセラー向いてないよ」
「褒め言葉として受け取っとくわ」
紗良の口元に、ほんの少し笑みが浮かんだ。
それは、ダサさを気にして塗りつぶされてきた感情の色の、ほんのかけらだった。
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