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カランカラン……
「いらっしゃい」
ダリルの前に現れたのは、立派な司祭の服に身を包んだ男で、歳の頃はどれくらいだろう。まともに見ればそれは80歳を過ぎたような風貌ではあるが、ダリルは考える。まだ50歳頃だろうかと。
その足取りはヨタヨタとしていて、今にも崩れ落ちそうだ。
「ここに、辿り着けたのは僥倖というもの。あなたが、この街の……」
しわがれた声、縋るような瞳に、訳知りの態度。この男は知ってここにいると。
「聞けることと聞けないことはある」
「それでもっ! 私を──私の娘を、助けてはもらえないか」
ダリルは一瞬この男が何かに追われて命からがら迷い込んだ者かと思った。だがそうではないと悟る。
「あなたは……あなた様はこの街で願いを叶えてくださると、この世の摂理を曲げることまでやってのける唯一だと、そう聞いている」
それはさすがに誇張が過ぎる。多少人より器用なだけだ。とダリルは内心で弁明する。
「聞くだけは聞いてみようではないか、ダリル」
そばにはヒトの言葉を話す白い狼。
獣人でも亜人でもなく、獣の姿で現れるのは珍しい。だが、だからこそこの老人が手違いでここに現れたわけではないとも知る。
「この御仁、何やらとんでもないものを抱えておる」
それはダリルも気づいていた。気づいていて口にしなかったのは、口にしたら最後、やり遂げるしかないと思ったからだ。
目の前の男はまだ生きている。だが完成しきれてないあのブツの最後のピースがこの男なのだろうとダリルは冷ややかに、今にも消えそうな灯火を見つめる。
その男は、手に持った歪な球体をダリルに見せるようにして話しはじめる。
「我らが国は既に半分が雪の中。王は軍事力は持っていても天候には抗えない。そして超自然のものには我らが神職のものが対処する事が慣例なのです」
その球体には祈りがこもっている。しかしその祈りは余りにも多くの者のそれがひしめき合っている──。
「お前、それをどうやって手にした?」
聞かなくてはならなくなった。それから目を逸らしていたら、巻き込まれてしまう。正面から相対して譲らないことが肝要。でなければ、訪れるのは死。それはそう言う代物なのだ。
「これは……我らが神を崇める者たちのカケラでございます」
「違う。それをどのようにして手に入れたのかと聞いているんだ」
そんなもの、一つしかないだろう。その内包される願いの数を想い目にしてダリルは目眩がするような錯覚に襲われる。
「同胞たちにも、差し出させたまでです」
何を。とは聞けなかった。そんなのわかっている事だから。
「同胞たちとその家族。」
ちっ、と。ダリルの口から自然と舌打ちが出る。
その手にしているのはダリルの奇跡のクスリをも超える奇跡を齎す禁忌。
「どうか、私の娘を。手塩にかけた、私の最愛の娘を、人としての楽しみも喜びも知る事なくその身を犠牲にしてしまった娘をっ……助けてくだされ」
「それは、そこまでの犠牲を払ってまで願う事だったのかっ⁉︎」
たまらず口にしたダリルに、その男の顔からは感情が抜け落ちていく。
「子どもの幸せを願う事が悪い事なのか──?」
男はそうだけ返してその形を崩していく。あとに残ったのは床を汚す赤く黒いなにか。
もともと崩れていたそれが、ギリギリ形を保ってここまで辿り着いただけで、実際はこんな血溜まりのような存在だったのだ。
だからこそ、鐘の音だけでドアは開かなかった。
死者の訪問はその願いと禁忌の魂珠だけを残して終わった。