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#恋愛
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The Devourer of Desire
欲望には、形がある。
それは炎のように揺らぎ、
霧のように滲み、
あるいは刃のように鋭く、人の内側を裂く。
だが――この世界では、それは“存在”だった。
触れられるほどに濃く、
見えるほどに歪み、
そして、喰らうことができる。
「……またか」
カルディアは、低く呟いた。
目の前には、男がいた。
いや――もはや“男だったもの”と言うべきかもしれない。
肉体はそのまま。
だが、胸の奥から噴き出しているそれは、明らかに異質だった。
黒い煙のようなものが、心臓のあたりから滲み出し、
空間に絡みつくように広がっている。
「やめてくれ……やめてくれ……」
男は泣いていた。
自分自身に向かって。
「こんなこと……望んでない……」
カルディアは、無表情のまま歩み寄る。
「望んでいる」
淡々と告げる。
「それが、おまえの欲望だ」
男は首を振る。
「違う……! 俺はただ……」
言葉が途切れる。
だが、その続きを――
カルディアは知っていた。
「“あの女を手に入れたかった”」
「“誰にも渡したくなかった”」
「“壊してでも、自分のものにしたかった”」
男の顔が、凍りつく。
「……やめろ……」
「言うな……」
カルディアは、静かに手を伸ばした。
指先が、男の胸に触れる。
その瞬間――
ドクン、と。
欲望が、脈打った。
黒い煙が一気に濃度を増し、
形を持つ。
それは、女の輪郭をしていた。
歪んだ笑み。
裂けたような瞳。
愛と執着が混ざり合った、醜くも純粋な像。
「……見えるか」
カルディアが問う。
男は、泣きながら頷いた。
「それが、おまえの“本当の願い”だ」
次の瞬間。
カルディアは――それを“掴んだ”。
煙のはずのそれは、確かな手応えを持っていた。
ぐしゃり、と。
抵抗するように暴れる欲望を、
無理やり引き剥がす。
男が絶叫する。
「やめろォォォォッ!!」
それは痛みではない。
“失うこと”への恐怖だった。
欲望は、人の核だ。
それを奪われるということは、
自分が自分でなくなることに等しい。
だが――
カルディアは躊躇しない。
そのまま、引きずり出し。
そして――
喰らった。
黒い煙が、彼の口元へ吸い込まれていく。
甘い。
熱い。
そして――
どうしようもなく、渇く。
(……足りない)
一瞬だけ、思考が揺れる。
だが、すぐに押し込める。
すべてを飲み込んだとき、
男は崩れ落ちた。
瞳は虚ろ。
欲望を失った人間は、
“空白”になる。
生きてはいる。
だが、何も求めない。
何も選ばない。
「処理完了」
カルディアは、そう呟いた。
感情は、ないはずだった。
これは“役割”だ。
世界の均衡を保つための、
ただの機能。
欲望が溢れれば、世界は壊れる。
だから――回収する。
それだけのこと。
だが。
「……足りない」
再び、言葉が漏れた。
喉の奥が、焼けるように乾いている。
先ほどの欲望では、
満たされなかった。
むしろ、逆だ。
喰らったことで、
もっと欲しくなる。
カルディアは、わずかに眉をひそめた。
(異常だ)
回収者は、欲望を“処理する”存在だ。
影響を受けることはない。
喰らえば終わる。
それが、正常。
だが――
(なぜ……)
胸の奥に、
何かが残っている。
形のない、衝動。
名前をつけられない、飢え。
それは、他者の欲望ではない。
自分自身のものだ。
「……ありえない」
回収者に、欲望は存在しない。
それは、この世界の絶対法則だ。
そのはずなのに。
カルディアは、手を見つめる。
さっきまで欲望を掴んでいたその指先が、
かすかに震えていた。
(何を……求めている?)
答えは、出ない。
出るはずがない。
そのとき。
空間が、わずかに歪んだ。
「……観測完了」
冷たい声が響く。
振り返ると、そこに立っていたのは――
白。
あまりにも無機質な存在。
長い外套に包まれた、人型の影。
顔は見えない。
だが、視線だけは感じる。
「カルディア」
「回収精度、基準値内」
「だが――」
わずかな間。
「異常値、検出」
カルディアは、表情を変えない。
「問題ない」
即答する。
「処理は正常に完了している」
白い存在――ゼノスは、沈黙する。
その沈黙が、圧力になる。
「……感情反応、微弱だが確認」
「飢餓反応、通常値を逸脱」
「説明を求める」
カルディアは、答えない。
答えられない。
「……不明だ」
それが、限界だった。
ゼノスは、わずかに首を傾げる。
「不明、という概念は」
「回収者には存在しない」
「……例外だ」
カルディアの声は、低かった。
「例外は、排除対象」
その言葉に。
ほんのわずかに――
カルディアの内側で、何かが軋んだ。
(排除……?)
自分が?
その思考が浮かんだ瞬間。
胸の奥の“それ”が、強く脈打った。
ドクン、と。
まるで――
何かが目覚める前触れのように。
ゼノスは、それを見逃さなかった。
「……監視対象へ移行する」
「逸脱が進行した場合、処分する」
淡々とした宣告。
カルディアは、ただ頷いた。
「了解」
それだけ。
だが。
ゼノスが去ったあと。
カルディアは、その場に立ち尽くしたまま。
ゆっくりと、息を吐いた。
「……処分、か」
恐怖は、ない。
はずだった。
だが。
胸の奥にある“それ”は、
消えなかった。
むしろ――
強くなっている。
「……欲しい」
ぽつりと。
言葉が落ちた。
何を?
分からない。
だが。
確かに、存在する。
消せない衝動。
喰らっても、喰らっても、満たされない。
“悪い欲望”。
カルディアは、空を見上げた。
この世界には、二つしかない。
抑圧された光と、
解放された闇。
だが今。
そのどちらにも属さない何かが、
彼の中で蠢いていた。
そして――
その夜。
初めて、カルディアは“予感”を覚える。
自分を壊す存在が、
どこかにいると。
そしてそれを――
自分は、求めている。