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The Cage of Calling Voices
その声は、最初からそこにあった。
ただ――
カルディアが“聞いていなかった”だけだ。
回収任務の帰路。
灰色の空が広がる廃都の上を、彼は無音で歩いていた。
この世界には、朝も夜もない。
欲望の濃度によって、空の色が変わるだけだ。
今は、鈍く濁った灰。
――静かなはずだった。
だが。
「……っ」
カルディアの足が止まる。
聞こえる。
微かに。
耳ではない場所で。
――……来て
振り向く。
誰もいない。
廃墟の街。
崩れた塔、裂けた地面、風すらない空間。
「……気のせいだ」
そう言いかけて。
――……ねえ
今度は、はっきりと。
声が“触れてきた”。
カルディアの胸の奥が、強く脈打つ。
ドクン、と。
先ほどから消えない“あれ”が、
反応している。
(……違う)
これは、外部からの干渉だ。
回収者は、欲望の残響を感知する。
それ自体は異常ではない。
だが――
(これは……)
違う。
残響ではない。
もっと、生々しい。
もっと、直接的な。
――呼んでいる。
カルディアは、ゆっくりと歩き出した。
足が勝手に動く。
理性が制御しようとするよりも先に。
「……停止しろ」
自分に命じる。
止まらない。
(命令が効かない……?)
ありえない。
回収者は、自律と統制の存在。
外部要因に引きずられることはない。
そのはずなのに。
――こっち
声が、近づく。
いや。
自分が、近づいている。
廃都の奥へ。
誰も踏み込まない領域。
欲望の残滓が濃すぎて、
通常の存在では形を保てない場所。
そこに――
“それ”はいた。
瓦礫の中心。
崩れた神殿のような空間。
光の代わりに、黒い霧が満ちている。
その中で。
ひとりの少女が、座っていた。
「……」
カルディアは、言葉を失った。
白い髪。
透けるような肌。
そして――
異様に“澄んだ”瞳。
この世界において、ありえない色。
欲望に汚染されていない、
純粋すぎる存在。
だが。
その周囲には――
無数の“欲望”が漂っていた。
黒い影。
赤く歪んだ感情。
執着、嫉妬、渇望、独占。
ありとあらゆる“悪い欲望”が、
彼女の周りを取り巻いている。
まるで――
「……檻」
カルディアが呟く。
少女は、ゆっくりと顔を上げた。
視線が合う。
その瞬間。
ドクンッ――!!
カルディアの中の何かが、
爆発するように脈打った。
「……来た」
少女が、微笑む。
その声。
間違いない。
「……おまえが……呼んでいたのか」
カルディアの声は、わずかに掠れていた。
少女は首を傾げる。
「呼んでたのは……たぶん、そっちだよ」
「……何?」
「だって、ずっと聞こえてた」
彼女は、自分の胸に手を当てる。
「ここで。あなたの“欲しい”って声」
カルディアの思考が、一瞬止まる。
(……聞かれていた?)
ありえない。
回収者の内面は、外部に漏れない。
それが前提の存在だ。
だが。
「……嘘を言うな」
「嘘じゃないよ」
少女は、立ち上がる。
その瞬間――
周囲の欲望が、一斉にざわめいた。
まるで彼女を守るように。
あるいは――
奪おうとするように。
「あなた、渇いてるでしょ」
カルディアの呼吸が、わずかに乱れる。
「……関係ない」
「あるよ」
少女は、一歩近づく。
その動きに合わせて、
欲望たちがうねる。
だが。
カルディアの視界には、
もう彼女しか映っていなかった。
「……名前は?」
「リエル」
短い名。
だが、その響きが。
胸の奥を焼く。
「リエル……」
無意識に、繰り返す。
その瞬間。
ドクン、と。
欲望が、応えた。
リエルは、楽しそうに笑う。
「ほらね」
「……何がだ」
「もう、“欲しがってる”」
否定しようとした。
だが。
言葉が、出ない。
視線が、外せない。
「……おまえは、何だ」
それは、問いだった。
回収対象か。
異常存在か。
あるいは――
「わからない」
リエルは、あっさりと答えた。
「気づいたら、ここにいたの」
「でもね」
彼女は、カルディアに手を伸ばす。
「ずっと、声だけは聞こえてた」
指先が、触れる。
その瞬間――
世界が、歪んだ。
ドクン、ドクン、ドクンッ――!!
カルディアの内部で、
何かが完全に目を覚ます。
欲望。
それは、もはや他者のものではなかった。
「……っ」
息が詰まる。
喰らう衝動ではない。
もっと、直接的な。
――奪いたい
――触れたい
――壊したい
――全部、自分のものにしたい
「……やめろ」
「やめないよ」
リエルは、さらに近づく。
「だってそれ、あなたのものでしょ?」
そのとき。
空間が、裂けた。
白い光。
ゼノス。
「――異常反応、極大」
冷たい声が響く。
「対象カルディア、逸脱進行」
リエルの表情が、初めて変わる。
「……誰?」
カルディアが、反射的にリエルの前に立つ。
自分でも理解できない行動。
「……干渉するな」
ゼノスは無感情に告げる。
「回収者カルディア。即時停止」
「対象存在、危険度不明。排除対象」
その言葉に。
カルディアの中で、“何か”が決定的に変わった。
「……触るな」
低い声。
ゼノスが、一瞬だけ沈黙する。
「命令違反」
「処分を開始する」
白い光が収束する。
その瞬間――
カルディアは、リエルの手を掴んだ。
「……行くぞ」
「え?」
次の瞬間。
彼らの足元の“欲望”が、爆ぜた。
黒い衝動が渦となり、
空間を歪める。
ゼノスの光と、衝突する。
轟音。
そして――
消える。
二人の姿が。
静寂。
残されたゼノスは、ただ呟いた。
「……逸脱、確定」
「回収者カルディアを――」
わずかな間。
「“敵性存在”として再定義する」
一方。
歪んだ空間の先で。
カルディアは、リエルの手を握ったまま立っていた。
呼吸が荒い。
胸が焼ける。
そして――
満たされない。
「……どうして」
リエルが、小さく笑う。
「逃げたの?」
カルディアは、答えない。
答えられない。
ただ一つ、分かることがある。
もう戻れない。
回収者ではいられない。
それでも。
手を、離せなかった。
「……おまえを」
言葉が、零れる。
初めての。
自分自身の欲望として。
「……欲しい」
リエルは、嬉しそうに目を細めた。
「うん。知ってる」
その夜。
世界にひとつ、
決定的な“歪み”が生まれた。
欲望を喰らう者が、
欲望に呑まれた瞬間。
そして――
それは、まだ始まりにすぎなかった。
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