テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「この曲、知ってる。歌ったことある。……たぶん」まどかがそう呟いた瞬間、田島の胸に微かな引っかかりが生まれた。

曲に合わせて、まどかの体がわずかに動いていた。

それは、振り付けを思い出すような、無意識の動きだった。

──車の中でも、UNDONEの曲でまどかは口ずさみ、体を揺らしていた。

でも、あのときとは何かが違う。

今回の反応には、より明確な“記憶の痕跡”が滲んでいる気がした。

画面の中で踊るアイドルたちの振り付け。ふと、まどかが歌に合わせて小さく身体を揺らしていた場面が脳裏に浮かぶ。その動きが、MVの振り付けと重なった。そして、再生ページの公開日付に目をやった瞬間──田島は息をのんだ。

「……待てよ。これ、昨日公開されたばかりだ……なのに、まどかは振り付けを知っていた……ってことは……」

田島の思考が急速に回転する。

まどかが振り付けを自然に再現していたこと。MVの公開前にその動きを知っていたこと。

──関係者?

それとも、もっと近い存在……。

「……本人、なのか……?」

その声には、確信に近いものが滲んでいた。

以前から、まどかがUNDONEのメンバーに似ているというコメントが寄せられていた。田島はそれを「他人の空似」として流していた。芸能人に似ていると言われる人は、世の中にいくらでもいる。だが、今は違う。

MVの振り付けを、まどかは歌に合わせて自然に再現していた。それも、まるで身体が覚えているかのように。

UNDONEには、少し前に突然卒業を発表し、姿を消したメンバーがいた。当時はSNSでも話題になり、ファンの間では「逃げるように去った」と噂されていた。田島もそのニュースを覚えていた。

MVの振り付け、まどかの仕草、そして卒業したメンバーの存在──それらが田島の中で静かに繋がっていく。

田島は、ある決断を下す。──動画を作る。

まどかがアイドルだったという設定で、何らかの事件に巻き込まれて“ゾンビになった”という筋書き。記憶を失い、正体を隠して生き延びている──そんな展開を、MVの振り付けやまどかの仕草と重ねながら急いで編集し、映像を投稿する。

数時間後──コメントが入った。

「どこまで知ってる」

脈略もなく、ただひとりごとのように書き込まれたその言葉。感情も語調も読み取れない。だが、だからこそ不気味だった。思惑通り、あのアカウントから来た。何かを探ろうとしていた“あの”アカウントから──。

田島は、画面を見つめながら呟いた。

「来た……」

焦りと苛立ちが滲んでいる──そんな気配を、たった一行のコメントから田島は感じ取っていた。

田島は、もうひとつの情報を思い出す。UNDONEのマネージャー──実は、卒業したメンバーの熱狂的なファンだったという話。ファンの間ではわりと有名な噂だった。マネージャーが、推しメンに過剰な執着を見せていたという証言もある。

田島は、その事実をまどかに伝えた。まどかは、しばらく黙っていた。そして、ぽつりと呟いた。

「あ……私……」

その声は、震えていた。記憶の断片が、歌と振り付けと、田島の言葉によって繋がり始めていた。まどかの瞳が、どこか遠くを見つめている。

「ステージ……ライト……歓声……リハーサル……衣装……」

言葉は途切れ途切れだったが、そこに怯えはなかった。ただ、懐かしさと戸惑いが混ざったような響き。まどかは、自分が誰だったのか──その輪郭を、少しずつ思い出そうとしていた。

田島は、まどかの手をそっと握った。その手は冷たく、微かに震えていた。

「大丈夫。少しずつでいい。思い出すことが、君を守ることになる」

まどかは、ゆっくりと頷いた。その瞳の奥に、かすかな光が灯っていた。

その夜、田島はもう一度MVを再生した。まどかの動きと、画面の中のアイドルたちの動きが、ぴたりと重なる。それは偶然ではない。まどかの身体が、記憶している。忘れたはずの時間を、音と動きが呼び起こしている。

田島は、まどかの過去を暴こうとしているわけではなかった。ただ、彼女を守るために、真実に近づこうとしている。そして、その真実が誰かにとって“触れてほしくないもの”であるなら──その誰かは、必ず動く。

──真相は、すぐそこまで来ている。

翌朝、田島はUNDONEのYouTubeチャンネルを開いた。過去の動画をひとつずつ確認していく。再生数の多い動画の中に、ひとつだけ異質なものがあった。

「新マネージャー就任記念!メンバーからのサプライズ祝福」

タイトルを見た瞬間、田島の指が止まった。再生すると、メンバーたちが笑顔でマネージャーを囲み、花束を渡している。画面中央に立つのは──堀北。噂のマネージャーだ。

そして、その周囲で笑顔を見せるメンバーの中に──いた。

ひとり、他のメンバーとは少し違う空気を纏った少女。

笑顔の奥に、どこか影のようなものが差している。

田島は思わず画面を一時停止した。

その横顔。目元の動き。笑うときの癖。

まどかが動画の中で見せた、あの微かな仕草と重なっていた。

「……まどか?」

いや、違う。橋本奈央。グループのセンター。顔。象徴。

田島の胸が高鳴る。

映像の中の彼女は、まどかそのものだった。

田島は、意を決して“まどか”に声をかけた。

「なぁ、ちょっといいか?──奈央」

“まどか”は、ゆっくりと振り返った。

「……え、なに?今、私……返事した?」

その瞬間、田島とまどかは顔を見合わせる。沈黙。

まどかの瞳が揺れる。田島の胸が高鳴る。

間違いない──まどかは奈央だ。橋本奈央。UNDONEの、センターだった。

そして、彼女の記憶が、完全に目覚めるまで──あと少しだった。

loading

この作品はいかがでしたか?

22

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚